臨床薬理研・懇話会2021年3月例会報告(NEWS No.547 p02)

臨床薬理研・懇話会2021年3月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第65回
著名医学ジャーナル臨床論文が害作用を正しく伝えず省略している

プレスクリール・インターナショナル誌2021年1月号が「腫瘍学臨床試験の害作用と結果: 誤りを導く言語表現と試験結果の省略」の記事を掲載しています。このもととなっている臨床論文はBMJ onlineに掲載された名古屋大学病院・愛知がんセンターの論文です。インパクトファクターの高いNew England Journal Medicine, Lancet. Lancet Oncology, JAMA, Journal of Clinical Oncologyの5誌に2016年に掲載されたすべての抗がん剤第2,3相ランダム化臨床試験について、抗がん剤の害がどのように報告されているかを調べた結果です。今回はこの論文をとりあげます。First author の Bishal Gyawali氏は学部卒業研修生です。

Gyawali B, Shimokata T, Honda K, and Ando Y.
Reporting harms more transparently in trials of cancer drugs.  BMJ 2018; 363: k4383
(抗がん剤の臨床試験における害の報告をもっとわかりやすく)

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122の臨床試験が抽出され、そのうち53(43%)が害を軽視する用語を含んでいました。53のうち、14が重症(severe)の有害事象のデータを報告しておらず、22が重篤(serious)の有害事象のデータを報告しておらず、2つが死亡のデータを報告していませんでした。これらは抗がん剤の臨床試験で共通しており、害を隠す用語が用いられ、その根拠を示すデータを報告していませんでした。データを報告した臨床試験では、重症の有害事象の割合が77%(30/39)の臨床試験において介入群(新薬群)で高く、重篤の有害事象の割合が84%(26/31)、死亡の有害事象の割合が66%(34/51)で介入群において高かったのです。

例示すると、1)乳がん治療剤 ribociclib の臨床報告論文は discussion で、「ほとんどの患者は受容される有害事象プロファイルであった」と述べています。しかし実際には介入群は対照群と比較して2倍以上の患者が重症の( grade 3ないしそれ以上)の有害事象を経験し(271/334 対 108/330)、重篤な治療関連の有害事象(死亡に至る、命を脅かす状況、入院または入院延長、身体障害または永久的な障害、先天的異常ないし先天性欠損、または他のアウトカムのひとつを防止する医学的ないし外科的介入を要するもの)が5倍近くも多いのです(25 対 5)。2)リポソームイリノテカンの膵がん臨床試験論文は、結論のパラグラフで「管理ができてほとんどが可逆的な安全性プロファイルであった」と述べています。実際は対照群では死亡例がないのに、新薬群は5例が死亡しています。3)前立腺がん患者でのtasquinimodの臨床試験は「忍容性は全体的に良好であった」と報告しています。しかし実際は、対照群と比較した有害事象が、重症は42.8%対33.6%、重篤は36.0%対23.6%でいずれも介入群が多いのです。

これら3つの研究はすべてトップ医学ジャーナルに掲載されています。忙しい読者たちは、述べられていることをそのまま受け取るでしょう。しかし、実際の有害事象のデータをみればそうした良いことではありません。

そして重要なことは、これらの3研究は見本としてあげたに過ぎないことです。多くの抗がん剤新薬の有害事象プロファイルが害をあいまいにする同様の日常的で主観的な用語で隠されているのでないかと予想されます。そのためわれわれは抗がん剤の臨床試験がどれ位の頻度で軽視して報告されているかを調べたのが上記の結果です。

有害事象の軽視には、耐容できる(tolerable)、好ましい(favourable)、受け入れられる(acceptable)、管理できる(manageable)、引き合う(feasible)、安全な(safe)の用語が用いられます。

透明性が重要なのは、とりわけ抗がん剤は通常その高価な価格に見合うベネフィットを提供できていないと批判されており、害をあいまいにするのは新薬が良好なリスクベネフィットのプロファイルをもつことを暗示できるからです。

主観的な用語は抄録、結論、またはディスカッション(またはLancetないしLancet OncologyのResearch in context box)でみられます。これらはほぼ間違いなく読者が論文を読む際に何よりも注目する部分です。

われわれはランダム化臨床試験に焦点を当てて述べましたが、同様のことは第1-2相の非ランダム化試験の学会発表でも同様です。またこれらのことは抗がん剤にかかわらず多少とも他の分野でもみられることです。

結論と抄録における毒性の記述の改善に取り組むために、2つの改善策を提案します。ひとつは患者に治療の受容性(acceptability)について尋ねることです。いまひとつは生の質(quality of life: QOL)の報告です。抗がん剤にとって生の質(QOL)の情報は害の間接的な指標であり、同時に臨床的ベネフィットの重要な計測(measure)でもあります。

医学ジャーナルは抗がん剤臨床試験での害の報告を改善する助けができます。とりわけ抄録と結論では主観的な用語の使用を止めさせねばなりません。編集者とレビュアーは害データの詳細を要求すべきです。そして害についてあいまいな記述に換えて数と出現の頻度(incidence)を報告するよう著者に促すべきです。読者として、医師と患者は包括した用語を信ずるのでなく表に示された毒性を注視すべきです。

どの抗がん剤の正しいリスクベネフィット評価も実際の害と有効性データに基づいて行う必要があり、安全、耐容できる、耐容できないといった一般的なコンセプトに基づいて行うべきではありません。

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当日のディスカッションでは、21世紀になってかなり経過し2021年を迎えているが、臨床試験データの公開とその伝達、実地臨床に及ぼす影響は、タミフルでの成果はあるものの、この論文が指摘するとおりで遅れた状況があまり変わっておらず、多くの課題を残していることが確認されました。

ここで著者たちが122の論文を調べて具体的に数字をあげて報告していることは評価され、インパクトがあります。今回は抄録、結論などの記載と論文・サプリメントなどに示されたデータとの矛盾ですが、これらとオリジナルデータを突き合わせるとより問題点が大きいと考えられます。

オリジナルのデータが公開されないと医薬品の評価はできないのです。最近のコロナ禍のなかで余計ひどくなっているのではとの指摘も出されました。

なお、この論文での記載について、5段階のグレード分類(1-5、4が命を脅かす、5が死亡)と別の分類を混同している面があり、注意して読む必要があるとの指摘がありました。

薬剤師 寺岡章雄