臨床薬理研・懇話会2021年5月例会報告(NEWS No.549 p02)

臨床薬理研・懇話会2021年5月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」
第66回 抗原定性検査を活用した COVID-19検査戦略

2021年5月にはいってからの注目される動きとして、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードが6日の会合で、COVID-19の抗原定性検査を機能的に活用することで、クラスターの大規模化および医療のひっ迫を防止する検査戦略案を提言しました。

尾身会長は7日緊急事態宣言の延長などを決定した政府対策本部後の記者会見で、「抗原定性検査でも、Ct(Threshold Cycle)値: PCR検査における検体の増幅回数)が低い(ウイルス量の多い)人に対する感度はPCR検査と変わらない」と述べ、医療機関や高齢者施設の職員への検査に抗原定性検査キットを積極的に活用するよう訴えました。政府は5月中旬をめどに抗原定性検査キット800万個を確保し、医療機関や高齢者施設に職員数などに応じて配布する計画です。検査費用に関しては行政検査の扱いで無料となります。会見に同席した西村経済再生担当相は2020/2021シーズンのインフルエンザ同時流行に備えて確保していた抗原定性検査キット約800万個を流行がなかったので転用できる。従業員数に応じて配布する」と話しました。

この「検体のウイルス量が多い場合、抗原定性検査の感度(真の感染を正しく陽性と判定できる割合)は約95%と高い」との根拠にあげられたコクランレビューを「今回とりあげる文献」としました。

Dinners J. et al. Cochrane Database of Systematic Reviews. 021. Issue 3. Art.No.: CD013705. Rapid, point-of-care antigen and molecular-based tests for diagnosis of SARS-CoV-2 infection(Review).

このコクランレビューは、フルレビュー、簡略版ともに、フリーオープンアクセスで読めます。要約については日本語訳もウェブサイトに提供されています。

なお、関連情報として厚生労働省のサイトに、「COVID-19病原体検査の指針(第3.1版)」、

「新型コロナウイルス感染症の体外診断用医薬品(検査キット)の承認情報」が、短い「審査概要」とともに掲載されています。

なお、この厚生労働省による抗原定性検査をCOVID-19検査戦略に機能的に活用すること自体は注目される動きですが、昨シーズンのインフルエンザ同時流行に備えて確保していた日本の抗原定性検査キットは品質が悪く、それらの医療機関や高齢者施設への配布は新たな困難をもたらすことが、例会でのディスカッションでわかりました。このことについては、「コクランレビューも踏まえての考察」に記します。

コクランレビューについて

COVID-19を診断するための迅速検査についてのこのコクランレビューは、抗原検査とともに、ポイントオブケア(患者のいる場所で使用できる)の分子検査(RT-PCR 検査: 逆転写ポリメラーゼ連鎖反応、DNAサンプルの特定領域を数百万~数十億倍に増幅させる技術)もその対象としています。しかし、本稿では抗原検査に絞ることで記載します。

またコクランレビューはRT-PCR 検査をGold Standard 検査とし、RT-PCR 検査陽性症例をCOVID-19感染症例として扱っています。RT-PCR 検査についてはその本質的な部分について問題点が指摘されており、またRT-PCR 検査の手順についても国際的に統一されたものが無い状況にあります。しかし、本稿ではRT-PCR 検査の問題点については触れず、抗原検査とりわけ抗原定性検査について稿を進めます。

レビューの著者たちは、COVID-19の症状がある人と症状がない人を対象とした、COVID-19の感染を確認または除外することを目的とする迅速検査について、患者がいる場所(ポイントオブケア)で使用でき簡単に行える、標準的な実験室での検査よりも安価である、専門のオペレーターやセッティングを必要としない、「待っている間」に結果を提供できるなどの長所をあげています。抗原検査は、ウイルスに含まれるタンパク質を特定するもので、妊娠検査薬と同様にプラスチック製の使い捨てカセットに入っています。

COVID-19の疑いがある人は、自主隔離したり、治療を受けたり、濃厚接触した人に知らせたりするために、感染しているかどうかを迅速に知る必要があります。感染は現在RT-PCR検査で調べていますが、結果が出るまでに時間がかかります。抗原検査による診断が正確であれば、迅速な診断により、人々はより早く適切な行動を取ることができます。そしてCOVID-19の拡散を抑えることができる可能性があります。著者たちは、迅速検査がCOVID-19感染を確実に診断するのに十分な精度であるかどうか、また、症状のある人とない人で精度が異なるかどうかを知りたいと考え文献を調べました。

抗原検査

48研究が抗原検査の58の評価を報告しました。感度の推定値は研究により考慮すべきばらつきを示しました。症状のある参加者(72.0%)と症状のない参加者(58.1%)とは感度(真の感染を正しく陽性と判定できる割合)に差異がありました。症状が出て2週後(51.0%)と比較して最初の1週(78.3%)はより高い感度を示しました。Ct 値が25ないしそれ以下のウイルス量の多い参加者(94.5%、95%CI 91.0-96.7%; 36評価; 2613症例)は、Ct 値が25以上のウイルス量の少ない参加者 (40.7%、95%CI 31.8-50.3%; 36評価; 2632症例)よりも著しく高い感度を示しました。感度は抗原検査薬のブランドでばらつきました。Coris Bioconcept の感度が 34.1%であるのに対し、Biosensor STANDARD Q の感度は88.1%でした。症状の有無にかかわらず平均特異度(非感染を正しく陰性と判定できる割合)は高く、ほとんどのブランドで(overall summary specificity 99.6%)高い結果でした。

これらの結果は、感度がブランドでばらつくが、抗原検査の中には、症状のある人に使用すればRT-PCRに代わるほどの精度を持つものもあることを示していました。これらは、患者の治療に関して迅速な判断が必要な場合や、RT-PCRが利用できない場合に最も有用であると考えられました。抗原検査は、集団発生を特定したり、症状のある人を選別してPCR検査を行う際に最も有用であり、自己隔離や接触者の追跡を可能にし、検査機関の負担を軽減することができます。抗原検査の結果が陰性であっても、感染している可能性があります。

著者たちは、「曝露の不明な人々における迅速抗原検査を用いる症状のない個体のマススクリーニングに対し、事実上エビデンスを同定できませんでした。これらの検査を用いるマススクリーニングの有効性は、クラスターランダム化コミュニティ臨床試験のようなアウトカム研究を通じてのみ確立されるだろう」と述べています。

コクランレビューも踏まえての考察

抗原検査の品質は、国民の命と健康にかかわります。品質の良い検査薬が選択され、周囲の感染状況、臨床的判断、用いる時期などを含む事前確率と呼ばれる諸要素を重視して適切に用いられれば、安価で簡便な迅速抗原検査の有用性は高いと考えられます。

問題は日本の厚生労働省などに、国民の命と健康を守るため迅速抗原定性検査を重視し、取り組む姿勢がこれまで見られていないことです。適切な規制がされず、市場まかせの状況があり、欧米には存在する品質のよい検査キットを用い得る状況にありません。

ごく最近2021年5月12日に承認された「イムノアロー SARS-CoV-2」の審査概要を見ても、実際の臨床患者検体での有効性データが見当たら無い、陽性一致率が74%と低く4人に1人は見落とす、承認条件である特例承認後の「製造販売後に臨床性能を評価可能に適切な試験を実施すること」が努力目標でしかないことなど、問題が山積みです。

今回の抗原検査薬の全国の医療機関、高齢者施設への品質の良くない検査薬の提供が、問題をもたらさないか心配です。

一面、これが政府による抗原定性検査薬のCOVID-19の下での初めての公的使用であることの意義は大きく、今後の状況改善の契機となり得ると考えます。国内に良質の抗原定性検査薬がなければ、COVID-19ワクチン同様に外国から調達する途もあるのですから。

薬剤師 寺岡章雄