臨床薬理研・懇話会2021年7月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第67回 アスピリン2用量についてのpragmatic RCT(NEWS No.551 p03)

pragmatic RCT(pRCT) とは

pragmatic RCT (pRCT) は、日常診療下での医師や患者、保険者などの意思決定をサポートするために、日常診療にできるだけ近い条件で行うランダム化比較試験 (RCT) で、データソース、介入の方法、ランダム化・遮蔽化や同意取得などに柔軟性があります。

ベネフィット・リスクを勘案した質の高いエビデンスが必要なのは規制当局だけでなく、臨床の現場や患者、そして保険者にとっても同様です。

多くの場合、それらの関係者はシンプルに複数の選択肢のどれがいいのか、いまどちらを選ぶべきかを知りたいと思っています。しかし、治療選択(治療法の相対評価)を目的とするRCTはほとんど行われていません。その一つとして、降圧治療において利尿剤が高価な新薬に劣らない効果を持つことを示した ALLHAT試験があります。

なお、pRCTと伝統的なRCT (理想的な環境下のもとでの介入効果 (Efficacy/Safety)を評価する Explanatory RCT。Explanatoryは「説明のための」などの意味の言葉) との間に明白な境界は存在しません。すべての臨床試験は explanatory と pragmatic とのグラデーションのどこかに位置し、その試験の性格から、より explanatory か、あるいはより pragmatic かという視点でとらえていく必要があります。

心血管疾患患者におけるアスピリン2次予防に1日325mg, 81mgのどちらの用量が適切か

確立されたアテローム硬化性心血管疾患患者において死亡、心筋梗塞、脳卒中のリスクを減じ、大出血を最少にするためのアスピリン用量に関しては、従来から1日81mgと325mgの2用量が用いられてきており、どちらの用量がより適切かは見解が一致していません。

NEJM誌2021年5月号に、米国デューク大学の Schuyler Jones たちによるアスピリン用量についての pragmatic RCT 論文が掲載されました。今回はこの論文をとりあげます。

W. S. Jones et al. for the ADAPTABLE Team. Comparative Effectiveness of Aspirin Dosing in Cardiovascular Disease.
N Engl J Med 2021; 384:1981-1990

遠隔操作で実施されたADAPTABLE

この論文をとりあげるのには、もう一つ重要な意義があります。それはこの試験はコロナ禍以前の2016年4月から2019年6月の期間に行われていますが、患者が医療機関に出向くのでなく、インターネットを通じて、またインターネットをしない患者にはコールセンターからの電話を通じて、遠隔操作で行われていることです。

現在、コロナ禍のなかで患者が医療機関を訪れる形の従来の伝統的な臨床試験実施が困難になっています。そうした中、WHOの COVID-19治療剤のRCTであるSOLIDARITYのプロトコルは簡潔なもので、有効性アウトカムは原因を問わない死亡 (Overall Survival: OS)、安全性アウトカムは有害事象で、有効性は患者が生存しているかの定期的な確認、安全性は有害事象を生じたか、生じている場合はその内容の把握を、重点的に行うよう定めています。地球規模のコロナ禍のなかで臨床試験のあり方が変わりつつあり、このADAPTABLEで得られた経験は今後の “Beyond COVID-19” に生かされ得るものであるからです。

ADAPTABLE の臨床的重要性

ADAPTABLEは Aspirin Dosing: A Patient-Centric Trial Assessing Benefits and Long-Term Effectiveness からつけられた名前です。アスピリンの2用量を直接に比較する RCT の臨床的意義は明白ですが、アスピリンはすでにOTCとしても販売されている安価な医薬品であり、製薬企業はそうした試験を行おうとしません。そうした中でADAPTABLEは米国の患者中心アウトカム研究所 (PCORI)が資金を提供し、PCORnet (the National Patient-Centered Clinical Research Network: 「ネットワークのネットワーク」)に参加する全米40医療施設の共同で行われた open-label, pragmatic, multicenter の pRCT です (ClinicalTrials.gov number, NCT02697916)。

試験方法と結果 (原論文)

有効性の主要アウトカムは、全死亡、心筋梗塞による入院、脳卒中による入院の複合アウトカム、安全性の主要アウトカムは大出血による入院です。アスピリン2用量へのランダム割り付けは1対1で行いました。患者は必要なアスピリンを OTCで購入しました。試験参加者は報酬として25ドルを受け取りました。臨床試験は遠隔操作で行われました。 患者たちは、ランダム割り付けのあと1-3週間の間適切なアスピリン用量へのアドヒァランス (患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを示す言葉)を確認し、2次コンタクトインフォメーションについての質問に答えるように、an Early Study Encounter のためのpatient portalに戻るよう依頼されました。インターネットを使わない患者のためにはコールセンターによる電話コンタクトが実施されました。その後は325mg に割り付けられた患者では3か月に一度、81mg に割り付けられた患者では6か月に一度、follow-up visits がされ、毎回の encounter で患者はトライアルメディケーションへのアドヒァランス、併用薬剤、直近の入院 (とその時の主要な診断)と患者が報告するアウトカムについて尋ねられました。

全部で15,076例の患者が中央値26.2か月で追跡されました。ランダム化の前に、13,537例がすでにアスピリンを投与され、そのうち85.3%が1日81mgのアスピリンを服用していました。有効性主要アウトカムは81mg群の590例、325mg群の569例で発生し両群で差がみられませんでした。

安全性主要アウトカムの大出血による入院は81mg群の53例、325mg群の44例で発生し両群で差がみられませんでした (以上主要アウトカムの解析結果)。サブ解析では、325mg 群の患者は81mg 群の患者よりも用量変更の発現率 (incidence) が高く (41.6% 対 7.1%)、また割り付けられた用量でのアスピリン曝露日数中央値が短い (434日 (四分位範囲は139-737) 対 650日 (四分位範囲は415日 対 922日))結果でした。

総体として、アスピリンの2次予防には325mgよりも81mgが適切なことが示唆される結果でした。

当日の議論などから

サブ解析では、325mg 群の患者は81mg 群の患者よりも用量変更の発現率 (incidence) が著しく高く (41.6% 対 7.1%)、また割り付けられた用量でのアスピリン曝露日数中央値にもかなりの差がある (434日 対 650 日)のに、有効性・安全性の主要アウトカムでは有意差が得られなかったことはどうしてかについて議論されました。

NEJM論文の Supplementary Appendix (SA) を調べると、次ページの Figure S4 にあるように全死亡に対するTime-to-event curve では325mgの曲線が81mgの曲線とかなりの差がみられています。SAに Reasons for Discontinuation の詳細がありましたが、325mg群 と 81mg群との間に目立った差異はありませんでした。SAに群間スイッチの理由の記載はありませんでした。

主要アウトカムで差がみられなかった理由として、今回の試験の対象とした患者がどのような患者であったかの問題があります。ランダム化の前に、15,076例のうち13,537例がすでにアスピリンを投与され、そのうち85.3%が1日81mgのアスピリンを服用していたことが影響していると考えられます。従来のExplanatory RCTでは、被験薬の「初回使用者」を両群にランダムに割り付けます。しかし日常診療下での介入効果を評価する Pragmatic RCT (pRCT)では、その臨床現場でその治療が行われるとしたら治療対象になり得る疾患を持つ被験者が試験参加者となります。今回のADAPTABLEではもともと1日81mgのアスピリンを服用していた患者が大部分で、その患者をランダムに1日325mg群と1日81mg群に割り付けているため、325mg群に割り付けられた患者でも、81mgには少なくとも耐えられた、つまり出血のイベントがほとんどない患者が多いと考えられ、そのことで安全性の主要アウトカムで有意差がでにくかったことが考えられます。

この論文においては全体的に書き方がもうひとつ明確ではありませんが、一日用量81mgと325mgについて、いずれが死亡、心筋梗塞、脳卒中を減じ、大出血を最少にするかの本来のテーマに関しては、325mgは安全性面で過量で、81mg が適切なことは、先にあげた全死亡に対するTime-to-event curveでの差異 、全死亡のハザード比が0.87 (0.75-1.01) と信頼区間上限が1に近かったこと、325mg 群の患者は81mg 群の患者よりも用量変更の発現率 (incidence) が著しく高いこと (41.6% 対 7.1%)、脱落が325mg群に多いこと、アスピリン曝露日数にもかなりの差があること(434日 対 650 日)などから、かなり強く示唆されています。なお、用量変更者が圧倒的に325mg群に多い理由については記載がありませんが、minor な出血、あるいはその予兆があったのではと考えられました。

このNEJM誌に掲載されたpRCT 論文そのものについては、例会にズーム参加された薬のチェックの浜六郎さんから、次のコメントをいただいています。

「総死亡のデータに関しては、本文のTable2 に総死亡のハザード比について HR=0.87 (0.91-1.01)とあります。差のないアウトカムについてはp値が示されているのに、差がありそうな総死亡でp値が示されていません。しかし、おそらくp=0.07あたりと推測できます。81mgへの変更が多かったことと含めて考えると、変更がされていなかったら総死亡は、確実に325mgが多くなっているでしょう。それと、ふつう 死亡の原因が示されるものですが、その点も示されていません。差がなかったことだけをabstractに書いているのは、きわめて不誠実です。むしろ、高用量の害を明瞭に示した試験成績と考えます。もともと、ほとんどの人が81mgを使っていたのに、わざわざ325mgとのRCTをすることに、倫理的問題はなかったのか、きわめて疑問なpRCTであると思います」

薬剤師 寺岡章雄