臨床薬理研・懇話会2021年10月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」 第68回 Covid-19ワクチン有効性とテストネガティブデザイン(NEWS No.554 p02)

「臨床薬理文献を批判的に読む」のテーマに関して、最近コロナワクチン有効性について、テストネガティブ症例対照研究(test negative case-control study, test-negative case-control design)を、すでに確立された研究デザインとして扱った文献が増えており、このデザインについて知識と批判を深めることが必要な時期と考えます。

しかし、この研究デザインについては、分かりやすくまとめられた文献を探してもなかなかみつかりません。また数理論の文献は数式が多く難しいです。しかし、「臨床薬理文献を批判的に読む」のテーマとしては避けて通れないところであり、最近NEJM誌に掲載された次の論説とそこで引用されたいくつかのの文献を手掛かりに、とりあげることにしました。

Natalie E et al. Covid-19 vaccine effectiveness and the test-negative design (Covid-19ワクチン有効性とテストネガティブデザイン)
New Eng J Med September 8, 2021 DOI: 10,1056/NEJMe2113151

NEJM誌の論説を手掛かりに

テストネガティブデザインでの研究におけるCovid-19 様疾患患者での調整をしていないワクチン有効性の計算の仕方を示します [表] 。Covid-19 様疾患で医療機関を受診し、SARS-CoV-2の検査結果が出た患者のサンプルデータです。重要なこととして、医療機関を受診していない患者の情報は観察されていません。調整前のワクチン効果 (VE) は、検査結果が得られた患者における、VEに対するオッズ比を1から引いた値として推定されます。VE=1-(A/E)÷(B/F),すなわち1-(600÷4000)÷(20,000÷16,000)=88% と計算されます。しかしVEのオッズ比が全人口における有効性の指標となるためには、Covid-19類似の疾患で医療機関を受診した患者と受診しなかった患者でVEが同じであることを前提としなければなりません。これはオッズ比(A/E)÷(B/F)と(C/G)÷(D/H)が同等であることを意味します。受診していない患者のデータは取られておらず (受診しないと検査はできません)、そして「ワクチンの有効性」として求められるのは全人口における有効性なので、この前提の成立はまず不可能と考えられ、このデザインの本質的な欠陥と考えます。

このことについて論説の引用文献4  (2013年出版) は、インフルエンザワクチン有効性におけるテストネガティブデザイン利用について、このデザインでの研究がたやすく行い得る代価 (cost) として、「インフルエンザ以外の呼吸器感染症の発生率は、医療受診行動のどの層においてもワクチン接種群と非接種群の間で同等である」「インフルエンザVEは医療受診行動のどの層においても変化しない」という、テストが困難な前提が追加された、と記載しています。

実際にワクチン接種者と医療受診行動とには 関係性の存在が十分に考えられます。

また、症例 (case)と対照 (control)が偏りなくサンプリングされているかの問題が大きく、試験への参加が試験結果の出る前に決定される前向きのテストネガティブデザインは別としても、通常の感染状態を遡って確認するデザインでは「選択バイアス」を生じます。報告されたインフルエンザワクチン有効性の大部分はhealthy-vaccine effect による可能性が存在します。

そして、テストネガティブデザインでの研究が実地臨床の範囲内で施行されれば、迅速診断検査の実施に「医師の判断が影響」します。

林さんが当日紹介くださったJAMA誌の最近の文献 (Patel MM et al. JAMA 2020; 324(19):1939)は、テストネガティブデザインが普及した2つの理由として、症例を特定する (identified) ときに対照がすでに特定されている着手のしやすさ (simplified logistics)  とともに、nested case-control study と同様、症例と対照の間で healthcare use pattern が同じで交絡を減じることができる利点 (advantages) をあげています。

なお、テストネガティブ症例対照研究が良く論議されているもうひとつの分野に、第三世代抗生物質などの乱用が引き起こす薬剤耐性菌の問題があります (Schechner V et al. ClinicalMicrobiology Reviews 2013; 26: 289-307)。

いろんなウソっぽい研究報告を生み出す

今回の 臨薬研・懇話会の後半として、林さんからテストネガティブ症例対照研究の問題についてパワーポイントを用いたプレゼンテーションがありました。そのなかで特徴的であったのは、手軽に行えるこのデザインが、多くの信頼しがたい研究結果を生み出していることがあります。

例えばはしかワクチンが SARS-CoV-2 に87%の有効性を示したなどです。

このテーマは今後も継続して取り組む

テストネガティブ症例対照研究が、「世界的に標準デザインとなってきている」という中で、どのように対応していくかは重要です。この方法の問題点をもっと明確にしていく必要があります。

その点でこのテーマを今後も継続していくことになりました。林さんからこの問題に取り組んでおられる若手研究者の方に、早ければ来月例会にズームでレクチャーいただける可能性があると伺いました。期待したいと思います。

薬剤師 寺岡章雄