原発推進勢力の嘘の「科学」と闘うための重要な手段を使った「甲状腺がん多発」の証明論文(NEWS No.565 p04)

岡山大学津田敏秀教授らのグループが、福島原発事故後の健康被害を隠すために「科学と健康政策の土台を脅かす浸食活動を実証する」すばらしい論文を発表されました。

英語の苦手な私も読めるように、神戸大学山内知也教授の正確な日本語訳が出ていますので、疫学の基礎も危うい私の解説ですので、ぜひ論文自体もお読みください。

【環境疫学の成果を環境改善につなげることを阻む、企業などの戦略】は「環境疫学の分野では、研究成果を環境ハザードの防止に役立てるのを妨害するものとして」1)疫学研究の弱点をことさら強調する動向、2)環境疫学の学術誌において科学的根拠に反する誤った情報を大量に発信するもの、であるとしています。また、科学的証拠に対して「妥当性に疑いを投げかけ、半信半疑を製造する」ことで、科学的証拠を抹殺するものです。国連科学委員会が私たちの福島原発事故による「甲状腺がん」と「周産期死亡」に関する2論文に対してまるきり科学的でない批判をしていることもこれに当たります。(2021年3月号547号参照)

【現在の原子力推進勢力の基本方針】は、チェルノブイリと福島原発の過酷事故によりもはや原発安全神話は通じなくなっていますから、福島原発事故に関する原発推進勢力の方針は、「放射線安全神話」です。事故は起こった、しかし被曝自体がとても少ないもので、健康障害は何も生じていない。今後もし事故が起こっても大丈夫だとすることで、原発の稼働継続と新設を意図することです。

【原発事故の健康障害を消し去るためには】特に明白である小児の甲状腺がん異常多発を否定する必要があります。あまりにもはっきりした異常多発なので、隠すのは大変ですが、原発推進勢力はそれを「過剰診断」による、すなわち精巧な超音波検査によって今も将来も害を及ぼさない「甲状腺がん」という診断を「過剰に」見つけただけだ、として放射線被害を否定しようとしているのです。

そのために、世界中の人々をだます権威が必要であり、SHAMISEN国際専門家コンソーシアムという原発推進の専門家集団が作られ、福島原発事故後に甲状腺がんの異常多発はなかったことを「証明」するための、いかさま「レビュー論文」を書いています。昨年3月に発表された、国連科学委員会UNSCEARも、今年4月に開催された日本小児科学会で原発推進派が発表した内容ともそっくりです。

【私たちは、ドイツのシェアブ氏と共に】周産期死亡、甲状腺がん、低出生体重児が福島原発事故による被曝で異常に増加したことを証明した論文を発表しました。同時に、それらに対する原発推進派の批判がいかに非科学的でかつ低劣なものかを個別に証明してきました。

【個別的反論でなくトータルな反論】が、原発推進派への反撃で必要となりました。SHAMISENレビューがこれらの科学的研究結果をすべて否定していますから、このレビューが世界の疫学がこれまで作り上げてきた科学的疫学とはまるきり違うことをトータルに証明することが必要となっていました。今回の津田氏らの論文は、甲状腺がんのレビューが津田氏や我々の山本論文などの論文の批判の根拠が科学的な疫学から大幅にずれている誤ったものであることを証明したものです。

【臨床医学の(システマティック)レビュー】の方法論に関しては、コクランの方法論が教科書として全体的にまとめられています。新型コロナの経口治療薬モルヌピラビルに関する意見をBMJへ送った私の「rapid response」も、その観点からの批判を盛り込みました。(https://doi.org/10.1136/bmj.m33791の一番下に掲載)

【疫学的手法のチェック手段の開発>が、2020年に「政策における疫学のための国際ネットワーク(INRP)」により、誤用された(間違って使われた:林)疫学的手法を検出するためのツールキット(Toolkit)として開発されました。それは、疫学手法の不適切な適用(あるいは誤用)を検出するために、それと直接関連する33項目を挙げています。疫学的手法がこれらの33項目に合致するかどうかを検討することにより、その論文などの方法が科学的かどうか判定できるわけです。これらは、A)不確実性を煽り、因果関係に疑念を抱かせるために用いられる疫学特有の方法・手法、B)行動を遅らせ、現状を維持し、科学者間の分裂を生み出すために用いられる議論、C)影響力を通じて政策の優先順位を誤らせる点に行われる戦術、の3分野に分けられるとのことです。私たちが原発村や製薬企業の論文やレビューを批判的に検討する際極めて有効な手段となるわけです。

【今回の津田氏らの論文は】先にも述べた福島での甲状腺がん多発に対する、「過剰診断説」を形成した、SHAMISENレビューを中心に、日本政府から3500万円の資金提供を受け2018年「過剰診断」の勧告をしたIARC(国際がん研究機関)報告、以前当ニュースで批判した国連科学委員会UNSCEARの出版物などへの、このキットを使った批判です。そのため、国際的な疫学の常識からの批判であり、「えせ科学的権威筋」に対する「科学的な権威」をも使った批判だと思います。

【科学的見地からの具体的検討】が行われており、単なるツールキットによるチェックではありません。具体的な内容は、1)チェルノブイリから学んだ教訓、2)IARC技術報告書No.46、3)福島から学んだこと、4)福島での被ばく量測定、5)福島での病理所見、6)福島県による報告内容の変更と検診プログラムの変更、7)Toolkit項目の集計とToolkitの強化のための提言、8)日本と欧州の間の情報共有のための国際協力、9)結論、となっています。結論では、Toolkitの疫学誤用を示す33項目のうち20項目がSHAMISENレビューで使われていることが判明したのです。さらに、津田教授らはToolkit強化も提言しています。要するに、「甲状腺がん異常多発」を「過剰診断」として否定するSHAMISENレビューはTooikit項目の6割強が疫学的誤りの手法であることが証明されたのです。

【チェルノブイリでの甲状腺がんスクリーニング】により、「過剰診断」=「スクリーニング効果」が否定されているデータは、論文の第1表(下図)にまとめられています。これは、2014年三重県津市で開催された日本公衆衛生学会での高松勇氏らによる「自由集会」に私が発表した表を津田氏が資料を追加し改訂されたものです。今回の論文で甲状腺がんが「過剰診断」だとする原発推進派を批判する重要なデータであることが再確認され大変うれしく思っています。

皆さん、津田教授の力強い論文が出て、福島原発事故による健康被害なし、との原発推進勢力と闘う大きな手段が手に入ったのです。ぜひ原著をお読みください。

はやし小児科 林