いちどくを この本『原発事故 最悪のシナリオ』(NEWS No.567 p08)

『原発事故 最悪のシナリオ』
石原大史 著
NHK出版 1,870円(税込)
2022年2月刊行

10月の終わり、福島県三春町の写真家飛田晋秀氏の講演を伺った。本年4月に福島県郡山市での小児科学会の折に、被災現地を訪問していたため、写真展は現地の悲惨さを一層示してくれた。お話の中で、読むたびに原発事故の新しい事実が見つかる、と紹介されたのが本書である。

本書は、2021年3月6日にNHKのETV特集「原発事故”最悪のシナリオ“その時誰が命を懸けるか」の取材成果をもとに、NHKディレクター石原大史氏が書き下ろしたノンフィクションである。

最悪の事態を想定し、先手を打っていく危機管理において、人類史上最悪の事態となった福島原発事故の中で、各部署の責任者たちはどのように判断し行動し、対処しようとしたのか。事故から10年経とうとする中、「最悪のシナリオ」の作成の「遅れ」、「too late」がなぜ起きたか、事態の推移に沿って当事者の生の声が明らかにされる。

事態は3月11日の東日本大震災と津波の後、第一原発全交流電源喪失が発生、12日には1号機の水素爆発、13日には3号機への注水停止、3号機格納容器の圧力が上昇し、米空母ロナルドレーガンが三陸沖で被ばくした。14日には3号機が水素爆発した。15日早朝には放射性プルームが関東地方を直撃し、4号機で爆発が起こり、同機の使用済み核燃料メルトダウンによる「首都圏、東日本壊滅」の危機的状況であった。安全神話に浸ってきた東電や国の中枢では、対処に必要な「最悪のシナリオ」は作られず、情報は錯綜し、場当たり的な対応に終始し続けていたのである。

本書はこの経緯を、当時各現場の当事者であった人物の生の声で追っていく。東京電力では元第一原発作業員、本店対策本部元幹部などから証言を得、勝俣会長、清水社長、武藤副社長、第一原発吉田所長、など事故責任者の当事者としての言動を。また菅元総理大臣、国家戦略担当大臣、首相補佐菅、防衛大臣、自衛隊統合幕僚監部運用部長など日本政府中枢や自衛隊の動き。さらに米国原子力規制委員会(NRC)責任者、在日米軍主席連絡将校などの証言により米国政府、駐日大使館、在日米軍の動きから日米同盟の関係が見えてくる。東電の「福島原子力事故調査報告書」、事故調査・検証委員会(政府事故調)や吉田調書が避けて記載されていない事実も明らかにされる。

事故後10年を経た現在も多くの被災者が健康、家庭破壊、避難生活で最悪の事態を過ごしている。

一方、国・東電・福島県は事故とその被害を隠蔽し捏造し続けてきた。安全神話を復活し、事故は起きても軽微に終わるという思考回路をつくり、原発回帰に政策の舵を切り始めた。どこでも「同じことが起きうる」、特に関西トラフ地震が現実味を帯びている伊方、若狭では「最悪のシナリオ」は、瀬戸内海壊滅、関西・中部・首都圏壊滅となるであろう。現状は既にToo lateである。直ちに脱原発すべきである。

安倍・菅政権が番組編集やニュースキャスター排除などと介入してきたNHK であるが、現場ジャーナリズムの底力を示しており是非ご一読をお薦めします。

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