臨薬研・懇話会2023年2月例会報告(NEWS No.570 p02)

臨薬研・懇話会2023年2月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第74回 (2023.2.12) 報告
アルツハイマー病用剤 (アミロイドβ抗体剤) レカネマブ

エーザイ開発のレカネマブが2023年1月16日に申請され、その後優先審査品目に指定されました。米国ではすでに迅速承認されており、日本においても2024年1月16日には販売承認され、薬価基準収載される見込みと報道されています。

本剤は、アルツハイマー型認知症に従来品にない効果があるとされ、販売承認を求める圧力が白熱しています。しかし、これまでアミロイドβの蓄積を標的として開発に失敗した候補薬剤は、20を超えています(薬のチェック97号 アデュカヌマブ特集 ウェブ資料)。レカネマブはその流れを変える画期的な製品なのでしょうか。2022年11月29日に New England J Med 誌電子版に掲載された初期のアルツハイマー病の患者を対象とした第3相ランダム化比較臨床試験論文 (A) と、BMJ 誌電子版に掲載された論説 (B) でみていきます。

(A) Van Dyck CH (Yale School of Medicine) et al. Lecanemab in early Alzheimer’s disease
DOI: 10, 1056/ NEJM oa 2212948 (original article, 13 pages)

(B) Walsh S (University of Cambridge) et al. Lecanemab for Alzheimer’s disease
BMJ 2022; 379: o3010 (editorials , 2 pages)

(A) NEJM誌臨床論文

背景 可溶性および不溶性のアミロイドベータ(Aβ)の蓄積は、アルツハイマー病の病理学的プロセスを開始または促進する可能性がある。レカネマブは、Aβ可溶性プロトフィブリルに高親和性で結合するヒト化IgG1モノクローナル抗体である。

方法 18か月間の多施設共同二重遮蔽第3相試験を実施した。50~90歳の早期アルツハイマー病(アルツハイマー病による軽度認知障害または軽度認知症)で、PET(陽電子放出断層撮影)検査または脳脊髄液検査(CSF)でアミロイドが確認された患者を対象に、18か月間の多施設共同二重遮蔽第3相試験を実施した。参加者はレカネマブ(体重1kgあたり10mgを2週間ごとに投与)またはプラセボ を静脈内に投与されるよう、ランダムに1:1 の割合で割りつけられた。

主要評価項目は臨床的認知症評価スコアCDR-SBの18か月時点におけるベースラインからの変化である。主要な副次評価項目は、PETによるアミロイド負荷の変化、アルツハイマー病評価尺度(ADAS)の14項目の認知機能サブスケールのスコアADAS-cog14、アルツハイマー病複合スコア(ADCOM)、ADCSMCI-ADL(日常生活動作の評価に重きを置いた指標)である。

結果 合計1795人の参加者が登録され、898人がレカネマブを、897人がプラセボを投与されるよう割り付けられた。ベースライン時のCDR-SBスコアの平均は両群とも約3.2であった。18か月後のベースラインからの調整済み最小二乗平均変化は、レカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66であった(差、-0.45;95%信頼区間[CI]、-0.67~-0.23;P<0.001)。698名の参加者を含むサブスタディでは、プラセボと比較してレカネマブでより大きな脳内アミロイド負荷の減少が認められた。レカネマブでは,26.4%に輸液関連反応が,12.6%に浮腫や滲出を伴うアミロイド関連画像異常が認められた.

結論 初期アルツハイマー病患者において、レカネマブは脳内アミロイドレベルを低下させ、18か月後の認知機能に関する臨床指標の低下をプラセボより中程度に抑制したが、有害事象を伴った。早期アルツハイマー病におけるレカネマブの有効性と安全性を明らかにするために、より長期の臨床試験が必要である。

(B) BMJ誌論説 (Editorials)

副タイトル 新しい臨床試験の結果は、患者や介護者にとって喜ばしいものではない。

試験結果は、疾患修飾治療の新時代を告げるものとしてメディアに熱狂的に迎えられた。

しかし、他の抗アミロイド薬の認知機能に対する効果が無効であること、レカネマブの認知機能に対する効果がわずかであること、安全性に関する懸念などから、今後の見通しが必要である。大げさなレトリックは、患者やその家族に誤った希望を与え、臨床医はそれに対処しなければならず、規制当局の決定を先取りしてしまうことになる。

統計学的には有意であっても、レカネマブで報告された認知機能低下の減少は、必ずしも患者やその家族にとって意味のある改善とは言えない。臨床的認知症評価(CDR)ボックススコア(範囲0-18)において臨床的に重要な最小差を定量化するこれまでの試みは、軽度認知障害で0.98、軽度アルツハイマー病で1.63の変化が、意義があると示唆している。レカネマブ投与18か月後の軽度認知障害および軽度アルツハイマー型認知症の患者における差は、それぞれ0.35および0.62であり、臨床的に重要な最小限の差の約3分の1にすぎないものであった。試験参加者は厳選されており(スクリーニングされた被験者のうち70%が不適格)、平均年齢は71歳であった。この試験の広範な除外基準により、認知症患者やその予備軍にとって、現実の利益となりうるものは限られている。認知症は、主に高齢者で発症し、複数の病態が複雑に絡み合っており、アミロイド病態はその一つに過ぎない。

他の抗アミロイド剤と同様に、レカネマブは安全性に大きな懸念がある。レカネマブを投与された被験者の12.6%が画像で検出可能な脳浮腫を発症し(プラセボ群1.7%)、そのうち22%が有症状であった。さらに17.3%(プラセボ群9%)に脳出血が発生した。また、6.9%(プラセボ群2.9%)に試験を中止するほどの重度の有害事象が発生した。両群の死亡者数は同等であった(レカネマブ 6/898、プラセボ 7/897)。しかし、本試験のオープンラベル延長期間中に報告された2名の死亡者については、さらなる情報が必要とされる。2人とも脳出血があり、これらはレカネマブを抗凝固剤または血栓溶解剤と併用したことによるのでないかと推測される。

さらに懸念されるのは、患者、家族、臨床医に治療群が分かってしまう「遮蔽解除」の可能性である。これは、アウトカム指標が患者や情報提供者の報告に基づくものである場合に特に問題となる。

レカネマブは、承認された場合、患者ごとに年間数万ポンドの費用がかかる可能性がある。 さらに、医療システムは適格性 (eligibility) を決定するための陽電子放出断層撮影(PET)検査または腰椎穿刺、2週間に1回の期限がない薬剤注入、有害事象を監視するための磁気共鳴画像診断(MRI)を繰り返し行う必要がある。これらはすべて、リソースが豊富な医療システムを備えた国でさえ、ほとんどの国の能力をはるかに超えている。

米国FDAはアデュカヌマブを迅速承認しており、レカネマブも承認される可能性がある。欧州医薬品庁は、臨床的に重要な最小限の差異の証明を要求しているため、欧州で承認される可能性は低いと思われる。英国NICEは評価にあたり、行動症状や施設入所までの時間など、患者と介護者にとって重要なアウトカムに関するデータを要求したがレカネマブではどちらも利用できない。

承認と臨床使用への圧力は、熾烈なものになりそうである。しかし、客観的に見るとレカネマブは「ゲームチェンジャー」ではない。むしろ、抗アミロイド療法がアルツハイマー病患者にとって臨床的に意味のある利益をもたらさないことを示すさらなる証拠である。有害事象の規模や深刻さ、普及のためのかなりの実質的な障壁を考慮すると、レカネマブは患者にとって好ましいリスクと利益のバランス、または医療制度にとっての費用対効果を表すとは考えにくい。

ディスカッション

レカネマブの第3相比較臨床試験成績を評価するに際して2つの観点が必要です。ひとつは、論文に書かれた成績通りである場合で、臨床試験で得られた成績が患者にとって臨床的に意義のある成績かどうかが重要です。

主要評価項目は臨床的認知症評価スコアCDR-SBに与える影響です。この論文にも「CDR-SBの臨床的に意味のある効果の定義は確立されていない」と書かれています。論説の著者らは「この試験で得られた成績は臨床的に重要な最小限の差の約3分の1にすぎない」としています。他の総説では、CDR-SBの臨床的に意味のある差は1-2ポイントの差としているものもあります。このClarity AD試験で得られた成績が患者にとって臨床的に意味のあるものとは言えません。また、レカネマブの対象としている早期のアルツハイマー病やその前段階の軽度認知障害(MCI)の段階で診断やスクリーニングを行うのが現実的なのか、(PET検査自体が高額だし、スクリーニングだと自費になるだろうし)、安全性での脳へのダメージ(脳出血や脳浮腫など)、高価格など、問題は大きいのです。

もうひとつは、これまでのアミロイドβの蓄積を標的として開発に失敗した候補薬剤が20を超えていることから、今回の図3などに示される成績が真実のものなのか疑う視点も必要と考えられます。この視点で見た場合、いくつかの疑問点があります。

この試験のフローチャート (図1)では、5967名がスクリーニングされましたが、ランダム化割付をされたのは1795名です。59.6%が受け入れ基準に合わないかまたは除外基準に該当したとあります。一方、試験完了例は、レカネマブ群81.2%、プラセボ群84.4%と良好です。

この臨床試験は北米、欧州、アジアなど235施設、5967名がスクリーニングに参加した大規模試験です。それにもかかわらず、論文にはレカネマブとプラセボ群に1:1で割り付けたというだけで、「割付け」の項目がありません。割付けについていつ誰がどのようにするのかなど必要と考えられることが書かれていません。このことと試験成績が良すぎること、脱落は少ないことを 考えると、原論文の図1で除外基準・受け入れ基準 に合わないで外したという症例の中に、都合が悪くて 脱落させた症例が含まれているのではと勘繰りたくなります。

また、この臨床試験が実施され、論文としてNEJM誌に発表されるまでの尋常でない速さがあります。修正プロトコルの承認日は 2020年1月21日とあります。NEJM誌に論文が掲載されたのは2022年11月29 日です。18か月間かかる試験なので、このこと自体が、「初めに結果ありき」での進行を疑わせます。

(薬剤師 寺岡章雄)