家の“性能”が人の生死に関わる!?〜ヒートショックで命を失わないために〜(NEWS No.570 p06)

皆さんは、「ヒートショック(以下HS)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 言葉の定義としては、「冬季の居室間の大きな温度差による急激な血圧変動が原因で、(特に屋内で)脳卒中や心筋梗塞を引き起こす病態の総称」(滋賀県HPなどより)とされているようですが、まだ完全にはその詳細なメカニズムが解明されておらず、医学会では一般的に使用されている言葉ではありません(もっぱら住宅業界でよく用いられている)。

しかし、過去には入浴中(前後)の心筋梗塞患者の血圧・心拍数・心電図などを計測し、その変化を調べた研究が日本で行われており、かなり前からその現象については医学会でも認識されていたようです(リハビリテーション医学, 1988, 25, 2)。

HSに繋がるメカニズムとしては、温度変化(低→高)により引き起こされる低血圧が考えられています。例えば、入浴後4〜5分で血圧が最大で30%低下したとする報告があり、過度な循環動態の変化(高齢であるほど起こりやすい)による脳への血流不足から意識障害に繋がる可能性が指摘されています(Jpn Circ J. 2001;65:587–92, 東京都老人総合研究所 広報委員会 平成13年5月)。一方で、一部の研究では、寒暖差による血圧の乱高下が臓器虚血や脳血管・心血管イベントを引き起こすというよりもむしろ、体温上昇によりいわば“熱中症”のような状態になって意識障害が引き起こされた人が多かったことが示されています(厚労省, 「入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究」, 堀ら, 2014)。これも広義のHSと捉えても良いかもしれません。

ここからは、最もHSが起こりやすいとされている入浴中の不慮の事故について取り上げてみましょう。人口動態統計(日本政府)によれば、家庭内での不慮の溺死・溺水死者数は近年大幅に増加傾向であり、2019年には5,666人が「浴槽内での溺死及び溺水」により死亡したことが報告されています。もちろんこの全てがHSによるものとは言えませんが、浴槽内での溺水については、その9割以上が家庭内(自宅)で発生しており、特に死亡者の9割が65歳以上の高齢者(そのうち75歳以上の後期高齢者が大半)であり、冬季(12月・1月)に最も多いことがわかっています。日本国内では、全国で年間約19,000人の入浴関連突然死が発生していると推定されており、東京都・佐賀県・山形県で2012年〜2013年にかけて行われた研究によれば、入浴関連突然死数は日本全国で2025年には24,777人、2035年には27,337人にまで増加すると推定されています(Sudden Death Phenomenon While Bathing in Japan – Mortality Data-2017 Jul 25;81:1144-1149)。これは、交通事故による死者数(約4,000件)や火災による死者数(約1,000人)よりも圧倒的に多く、もはや我が国では「行ってらっしゃい、気をつけて」ではなく、むしろ「お帰りなさい、気をつけて」と言うべき状況になっています。また、65歳以上の高齢者の意図しない溺死死亡率(10万人あたり)は、統計的な国際比較ではなんと日本が堂々の世界一位(先進諸国ではダントツ!)であり、浴槽内での溺水が他国に比べて著明に多いことも判明しています(InJ Prev. 2015 Apr; 21: e43–e50)。

これはもちろん、日本は「湯船に浸かる」という文化が根付いているために、他国に比べて圧倒的に浴槽にお湯を溜めて入る人が多いことが起因しているのは間違いないのですが、そもそも日本人の多くが湯船に入る習慣を持ち、その結果として風呂場での事故が多いということには明確な理由があります。その答えは簡単で、一言で言えば「住宅の性能」によるものです。具体的な住宅の断熱性能や省エネ基準についての各国比較の話は、専門的な建築知識が必要になるのでここでは詳細には述べませんが、例えば日本と緯度の近いドイツでは、これまで我が国で最高の断熱・省エネ基準とされていたレベルの住宅は、そもそも20年以上前から(!!)省エネ基準法違反となり新たに建てることすら許されない状況です(一般社団法人日本エネルギーパス協会HPなどより)。

ところで、住宅の断熱性能と人の健康との関係性は過去に様々な研究で示されてきました。例えば、ニュージーランドで断熱改修を行った住宅と行っていない住宅における室内快適性と居住者の健康状態の差異を定量的に調査した大規模介入試験において、断熱改修を行った住宅に居住する人の方が、欠勤回数が減少し主観的な健康感も向上したことが示されています(BMJ 2007;334:460)。ここ日本でも、健康維持増進住宅研究委員会などのグループや各大学・研究機関の住宅の温熱環境の研究によって、断熱性能向上によって様々な疾病が防止される傾向にあることが示されてきました(健康維持増進住宅, 「研究ロードマップ」)。また、東北地方を中心とした高気密・高断熱住宅を対象としたアンケート調査でも、室内温熱環境の改善により、風邪や肩こりなどの症状が改善され、高気密・高断熱住宅は居住者の健康にとって良い影響を与えることが示唆されています(日本建築学会計画系論文集1998, , 第63巻, 第507号, 13-19)。さらに、戸建住宅への転居経験者を対象に、様々な疾患について転居前後における有病状況の変化を問う全国アンケート調査において、住宅の断熱性能の向上により様々な疾患の改善が定量的に示されています(日本建築学会環境系論文集2011, 第76巻, 第666号, 735-740)。この論文においては、様々な疾患の中でも頻回の医療機関受診が必要とされ、厚労省の統計データでも扱われているアレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎、気管支喘息などのアレルギー・アトピー疾患や、高血圧・糖尿病などの生活習慣病、心疾患や脳血管疾患などの慢性疾患10疾患の改善率を評価していますが、驚くべきことにその10疾患全てにおいて改善が認められたことが示されています。さらにこの論文では、住宅の高断熱化によって先の10疾患予防ができることに加えて、医療費の削減や病休による経済的損失を減らせることまで明らかになりました(中所得世帯で一人につき平均年間約27,000円の便益)。

以上のことから、住宅の断熱性能を高め温熱環境を維持することが、我々の健康を維持することにもつながり、またその健康を維持できれば医療費も削減できるため、経済的損失も軽減できるということが考えられます。世界保健機関(WHO)の「住宅と健康に関するガイドライン(2018年度版)」でも、住宅の温度は18℃〜24℃の間に保つのが良いと勧告されています(WHO, Housing and Health Guidelines, 2018)。それ以下の温度になると、呼吸器系・循環器系疾患のリスクが増大するばかりではなく、気温が下がれば下がるほどHSのリスクも増し、命の危険が出てくることが示唆されています(逆に室温が高すぎても健康被害が出てくることを示した論文も多くある)。近年では断熱性能を向上した住宅では、ヒートショックが起こりにくいことを示した研究報告(空気調和・衛生工学会論文集, 2016, 第6巻, 17-20)もあり、やはりHSを含めた住宅内での健康被害を防ぐためには住宅の断熱性能を向上させることが何よりも重要です。

さて、今の日本においてWHOが勧告している18℃以上の室温を各居室が保てている住宅は一体どれほどあるでしょうか?私が調べた限りでは、住宅の室内外温度差や各居室間の温度差のデータを統計的に解析・分析している研究報告は見つかりませんでしたが、その実態はおそらく悲惨なものでしょう。しかしそんな我が国でも、昨年4月にやっと「建築物省エネ法改正案」が閣議決定され、2022年6月に参院本会議で可決・成立されました(2025年より適合義務化)。これで、これまで住宅業界では“最高”断熱等級とされてきた基準が、“最低”基準になる時がついにやって来ました。ただし、それでもまだまだ日本の断熱・省エネ基準は甘いと言わざるを得ません。何しろ日本は、先進諸国の中ではダントツで最低の断熱性能の家づくりしかしてこなかったにも関わらず、断熱・省エネ基準がこれまで義務化されて来なかったのですから。

皆さんも、もし自分の家が「夏は暑く、冬は寒い」と感じているのなら、光熱費が爆上がりしているからと言って冷暖房をケチって我慢している場合ではありません。すぐにでも断熱改修を行なってしっかり全館冷暖房をしてください。まずは内窓からつけることをお勧めします。そしてその次の段階として床下や天井の断熱を行うと良いでしょう。そのために、ぜひ高気密高断熱住宅や断熱改修を専門でやっている業者に問い合わせてみてください。ヒートショックから身を守り、自分達の健康や命を守るためにも。

医療法人聖仁会松本医院 院長 松本有史