福島原発事故の健康障害を隠蔽する「学者」の嘘のつき方(NEWS No.571 p05)

福島原発事故後12年を迎えました。原発推進勢力は、原発の稼働拡大を強行しようと、福島原発事故を覆い隠すために、健康障害は何もなったとの似非科学論文を次々と発表しています。

昨年12月5日には、福島県立医大は日本疫学会雑誌に「福島特集号―東日本大震災後の10年」を発表しました。これらの論文も、その非科学性を示しています。甲状腺がんに関しては、3月3日に開かれた藤岡毅氏らが主催するシンポジウムで、岡山大学津田敏秀氏、加藤聡子氏、黒川眞一氏、本行忠司が厳しく批判しています。

ここでは、3月の医問研例会で議論していただいた、妊娠・出産に関る、Kyozuka H et al. とYasuda S et al.の論文を検討します。

これまでの、この問題に関して、福島原発事故との関連を証明した以下の論文があります。

1, Hagen Sherb, Kunihiro Mori, Keiji Hayashiの周産期死亡の増加1)

2,Hagen Sherb, Keiji Hayashiの低出生体重児の増加2)

3, Kaori Muraseらの重症先天性心疾患の増加

4,同 停留精巣手術の増加

5, Korblein Aの周産期死亡などの増加

これらのうち1,3,4,5が、原発推進派である国連科学委員会UNSCEAR2021報告で批判されるという「名誉」を得ています。

その内容は、「科学委員会」との名に価しないものです。例えば、私たちの論文の周産期死亡が増えたこと自体の否定はできないため、被曝量が少ないのに周産期死亡が15%も増える「はずがない」、というものです。増加した事実を、被ばく線量が低いから、とのドグマで否定するだけです。ならば私たちが示した放射能被曝の強い地域での増加(周産期死亡)がどうして生じたのかの、説明が必要ですが、それらを避けています。また、私達の放射線量と低出生体重児の増加が比例していることを証明した論文の批判は避けています。

昨年末に掲載された福島医大からの2つの論文も私たちの低出生児死亡が増加したとの論文に同様の批判をしています。

さて、これまでの、福島医大からの放射線障害を否定する論文は、「県民健康調査」のデータを使っていますが、今回の2論文もそのデータを使っています。

ところで、私たちは、甲状腺がんの論文を書く際に、甲状腺がん検診の日時とその結果についてのデータの開示の是非を聞いたことがありますが、開示されないとのことでした。福島医大の論文は他の研究者がアクセスできないデータに基づいて書いているのです。ごまかしはいくらでもできそうです。

まず、Kyouzuka らの論文3)では、「早産や低出生体重児の発生状況には地区間で大きな差がありましたが、」として、先天性形態異常の頻度の図を提示していますが、統計的有意差がないから、結論として差がなかった=放射線の悪影響はなかったとしています。

しかし、我々は既に低出生体重児の論文2)で、今回のKyouzuka H らの論文と同様の誤りをしているFujimori K, Kyouzuka H)らの論文に対して、もっと観察人数を増やせば有意差が出る可能性が高かったことを示していたのです。このことを、「タイプ2のエラー」といい、本当は差があるのに、分析したデータが少なかったために差がないと間違った結論を出しているものです。

我々の批判があったためか、今回の論文では別のデータも持ち出して、以下の結論を出しています。「福島県の新生児の早産、低出生体重児、形態異常の発生状況には2011年度と2018年度で変化は見られませんでした。したがって、震災後の放射線事故が周産期のアウトカムに及ぼす長期的な影響は非常に小さいと考えられる。」として、周産期異常の増加全体を否定しています。

その根拠の、次の図を良くご覧ください。上から、低出生体重児、早産児、先天性形態異常の2011年から2018年までの推移です。縦軸は0から12%を示しています。

この図より、著者らは「早産、低出生体重児、先天性形態異常の発生が、2011年から2018年まで変化していないので、長期的な影響は非常に少ない」としています。これはまるきりの誤りです。我々が調べた公式な全国・都道府県レベルでのデータは、「先天性形成異常」と関連する、周産期死亡(下図:上)、低出生体重児(下)も2011年から福島近隣でも、全国的にも年と共に減少しています。

即ち、Kyozuka  et al.が示したデータは、全国と比べて福島では相対的に増加し続けていることを示していることになります。これは、我々の低出生体重児の論文を読めば簡単にわかることです。したがって、著者らの結論は全くまちがいで、出生児の異常は「相対的に増加傾向にある」と訂正すべきです。

もう一は、Yasuda Sらの論文5)で、これもタイプ2エラーを犯しています。Yasuda Sらによれば、例えば、低出生体重児では、被曝線量が<1mSVに対しての、>=1mSV を比較すると、下表のように、ORは1.065(95%CI:0.79,1.435)で、>=1mSvグループが障害が多いことを示しています。これは95%の統計的有意差は認めません。しかし、観察人数を増やせばOR=1.065で約6.5%の増加があった可能性を示しています。さらに、95%信頼区間上限の約1.435倍になる可能性も否定できないわけです。

それに対して、私たちの論文は、全国的で長年のデータを使用し、高度汚染の福島・宮城・茨城・栃木・岩手で、OR=1.055(1.013,1.100), 中等度汚染の東京+4県でOR=1.021(1.005,1.0307)など明白に増加していることを証明しています。

さらに、Yasudaらの論文のアンケート調査では回答率は57.9%でした。その53.5%が放射線量が不明でしたから、アンケート調査対象の31%(0.579×0.535=0.310)だけのデータが使用されています。このような、調査対象の3割程度のデータでは、大きなバイアスがかかりますので、差があるか無いかの結論は出せないはずです。

さらに、バイアスの可能性が高いことを示すデータもあります。結論を出したデータの対象者よりも、「放射線量不明」群の方がより多くの障害を示唆するものです。(下表)線量不明群の方が、6項目中SGA(在胎不当過少)を除く5項目で、ORが1を超えており、95%信頼区間の下限も1に近く、上限は1.2倍から4.6倍です。多くの異常がこの「線量不明」の中にまぎれこんで、線量と障害の関連が出なくなった可能性もあります。それらを確かめるためにもデータの公開が求められています。

以上より、著者らの結論「福島原発事故による外部被曝量は、先天性形成異常・低出生体重児・SGA・早産児と関連しない。」というのは間違いで、「関連を否定できない」ないし「関連を示唆する」が妥当と思われます。

以上、昨年末の福島医大の原発事故との関連がないとする2つの論文は、私達が指摘してきた初歩的誤りを繰り返したもので、その結論は全くの誤りです。(はやし小児科 林敬次)

(紙面の都合で、文献はホームページhttp://ebm-jp.com/に掲載します)

<資料:低出生体重児の論文2)の、Fujimori K, Kyouzuka H)らの論文に対しての批判。>「・・ アンケートに基づく研究は選択バイアスが生じやすく、母集団が少ない研究(主に臨床環境での研究)はおそらくタイプ2のエラーを伴う可能性があります[46]。

アンケートに基づく妊娠と出産の調査は、福島健康管理調査のために放射線医科学センターによって実施されました[43]。 この研究では、福島県の中部と西部の 5 地域と比較して、いわきと相双の最東端の 2 地域を合わせた 低出生児体重児割合の増加が記録されています: OR 1.163、p 値 0.0723。 この観察結果は、OR 1.923、p値 0.1321で相双といわきの死産率の増加によってさらに裏付けられています。 この研究 [43] の参加率は 60% 未満であったため、より大きな集団をより長い期間検討すると、有意な効果が得られる可能性があります。」([ ]内は元文献の文献番号)