臨薬研・懇話会2023年4月例会報告 アルツハイマー型認知症と認知症をめぐる情勢、「治療剤」(NEWS No.572 p02)

2025年には530万人、65歳以上の5人に1人が認知症を発症すると推定されている

第一次ベビーブーム(1947年~1949年)の時に生まれた“団塊の世代”が後期高齢者(75歳)に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念される(2025年問題)。2025年には約2,200万人が75歳以上になる。世界の認知症有病数は現在約3,560万人。2030年までに2倍の6,570万人、2050年までに3倍の1億1,540万に増えると予測される。日本では、65歳以上のうち認知症を発症している人は推計15%で、2012年時点で約462万人。2025年には730万人へ増加し、65歳以上の5人に1人が認知症を発症すると推計されている。

認知症とは?主な認知症の分類は?軽度認知障害(MCI)とは?

認知症とは,一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続性に低下し,日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態を言い,それが意識障害のない時に見られるものをいう。(因みに、国際的な精神障害の診断統計マニュアルであるDSM-5では、認知症という用語がなくなり、神経認知障害群の中のmajor neurocognitive disorderが用いられている。ここでは認知症に統一する。)認知症の主な基礎疾患は、アルツハイマー型認知症(AD)、Lewy小体型認知症(DLB)、前頭側頭葉変性症(FTLD)の3つの神経変性疾患と血管性認知症(VD)である。純粋のADとAD+VDを合わせると約半数とされ、ともかくADは認知症の中で最も多い。

普段の生活に支障をきたすほどでないが、記憶などの能力が低下し、正常とも認知症ともいえない状態のことを軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)と言う。MCIの方の約半数は5年以内に認知症に移行するといわれている。

認知症の中核症状、BPSD

認知症の症状は、「中核症状」と、精神・行動障害(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia(BPSD):認知症の行動・心理症状)の2つに大別される。中核症状は、記憶障害、見当識障害、実行(遂行)機能障害、失語などを含む。BPSDは、認知症の対応やケアにおいて中心となる問題で、介護の限界を超えるとしばしば精神科治療を要する。BPSDに含まれる問題としては、幻覚・妄想、抑うつ・アパシー、不安、易怒性・脱抑制、睡眠障害、食行動異常、強迫・常同行動、徘徊などがある。

認知症は増えているか?(例会内容に補足)

福岡県久山町での65歳以上の全住民対象の1985年から2012年まで5回にわたる認知症調査をもとに、各年齢の認知症有病率が2012年以降一定だと仮定して、本邦の認知症推計患者数は、2012年に476万人、2025年に675万人とされた。認知症の診断は、DSM-ⅢおよびDSM-Ⅲ-Rに基づいており、気分障害や発達障害などの診断エスカレーションを招いたとされるDSM-Ⅳ以前の診断基準で、推計自体は必ずしも過大評価とは言えない。ADの危険因子の高齢化、糖尿病の増加などともに社会での認知症への認知度向上などが認知症患者数増加と関連していると考え得る。

ただし、DSM-5では、認知症の診断基準で、記憶障害が必須でなくなり、障害される認知機能領域が1つだけでもよくなったことから、診断インフレーションが危惧される。さらに軽度認知障害を新たにカテゴリー化しており、ADの早期発見、早期治療を謳い文句に過剰な医療化が危惧される。

認知機能検査について:

認知症のスクリーニングテストとして、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)が臨床的によく使われる。日本語版Montreal Cognitive Assessment(MoCA-J)や、もう少し詳細なAlzheimer‘s Disease Assessment Scale-cognitive subscale(ADAS-cog)もあり、ADの進行度の評価に用いられる。臨床認知症評価尺度(CDR)は、認知症の重症度判定のための評価指標の一つで、認知機能のスコア化に基づく評価でなく、趣味や社会活動、家事などの日常生活の状態から評価する。前記の評価尺度よりは、日常生活や社会活動、介護度も加味されると考えられる。

ただし、認知機能検査においては、精神的な要因の影響を考慮したうえで、検査成績を基に判断する必要がある。検査の総得点はあくまでも認知機能低下や認知症の疑いの有無や程度を判断する参考にとどめる。また、症状評価が主で、介護負担や施設入所を遅らせるといった当事者・介護者にとって意義のある指標が重きを置かれていないか含まれていないことに留意すべきである。診断評価では、症状評価を中心に、生活状況の把握、心身の所見を総合的に判断する必要がある。

BPSDへの対応:まず非薬物療法

BPSDへの対応としては、適切なケアや環境調整、リハビリテーション等の非薬物療法が優先される。ケアの基本はその人らしさを尊重するパーソンセンタードケアを基本とし、認知症の人の視点や立場に立って理解しようと努めること(認知症の人がつじつまの合わない話をしても否定したり、叱ったりしないで耳を傾ける)、得意なことや保たれている機能をうまく使う。当事者のニーズや尊厳を重視する。環境調整としては、デイサービス等の介護サービスの利用を検討し、認知症の人が心地よく安心して暮らせるような環境(段差をなくして階段や廊下の照明を明るくする、室内は使い慣れた物を置き、模様替えはできるだけ避けるなど)、そして、介護者には適切な対処法を伝え、ストレス軽減を図る。リハビリテーションとしては、現実見当識訓練、回想法、デイケアなどが行われている。社会参加が有意義とされる。

認知症の治療法(例会での報告に補足)

ADなどの変性性認知症を治す治療法はない。進行の速度を遅らせることが現在の治療目標とされるが、ADの中核症状に対して、コリンエステラーゼ阻害剤(塩酸ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)が保険適応が認められているものの、進行を抑えるものではなく、様々な有害作用もあり、介護負担軽減についても効果は証明されていない。この4剤は、フランスでは「医療上の利益が不十分である」として、保険適用外とされている。

アミロイドβ仮説とAD「治療剤」のレカネマブの評価

ADは、脳内の神経細胞に「アミロイドβ(Aβ)」や「タウ(tau)」と呼ばれるタンパク質が溜まって神経細胞が死ぬことによって認知障害が起こるという仮説が普及しているが、実証されていない。仮説では、APP(アミロイド前駆体タンパク質)からβ/γセクレターゼによってAβが切り出され、次第に重合して毒性の高い凝集体を形成し、やがて老人斑となってADを発症するとされている。発症プロセスとしての神経毒性の本体はAβ凝集体ではなく、その前段階である可溶性の「Aβプロトフィブリル」ではないかと考えられているという。現時点では、「タウ」の検出はできないが、Aβの検出は、検査薬とPET検査で可能である。

レカネマブ(レケンビ