ドイツで脱原発達成! ドイツからの報告(NEWS No.573 p06)

日本でも報道されたように、ここドイツでは4月15日の夜半に、稼働していた最後の3基の原発(エムスランド、ネッカーヴェストハイムⅡ、イザールⅡ)が運転を停止し、「脱原発」が達成されました。ドイツの脱原発は、まさしく東京電力福島第一原発事故(福島原発事故)を受けての当時「予想外」の決定であり、日本ではアンゲラ・メルケル前首相の英断と位置付けられています。私は福島原発事故の当時は大阪に住んでいたので、ドイツでの事故の受け止めの様子はメディアを通じてしか知りません。2013年にドイツに移住してからは、脱原発はドイツ国民の大多数が受け入れており、エネルギーシフトを進めることがドイツの課題であるという雰囲気を直接感じ取っていました。「原発をやめるのは馬鹿だ」という世論は表立って出てきにくい雰囲気でした。

脱原発の延期

2022年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻を始めてから、その雰囲気はガラッと変わってしまいました。ドイツ政府は、他の西側諸国と同じようにロシアに経済制裁を課しました。ロシアとドイツをバルト海海底のパイプラインでつなぎ、安価なロシアのガスをドイツ、EUに供給するために建設され、稼働直前だった「ノルドストリームⅡ」は稼働を無期延期されました。その後、2022年の9月には、そのノルドストリームが破壊工作によって破壊されました。このノルドストリーム事件とその後に関しては、表メディアと裏メディアで異なったことが報道されていますが、いずれにせよロシアからのガス供給は表向きにはますます難しくなりました。本来は2022年の12月31日に停止されるはずだった上記の3つの原発も4月15日までの稼働延長が決められました。

ロシア・ウクライナ紛争による雰囲気の変化

ロシアからの安価なガスが脱原発後のドイツにとっては大切なエネルギー供給源だっただけに、ロシア・ウクライナ紛争によっての状況の激変はドイツに住む市民だけでなく、とりわけ生産する企業には大きな痛手だったようです。また、ロシアのガスに変わる天然ガスや石油を他の国から輸入することになり、ドイツでの電気代、暖房代は一時期に大きく跳ね上がりました。私は個人レベルでの影響しか感じていませんが、それでも電気代は一か月で50ユーロほどだったのが70ユーロに上がりました。暖房費に関しては、年間決済なので、まだ具体的な価格上昇は見えていません。ただ、大家は15%ほどの値上げになると予告してきました。こんな中、ドイツの一般的な「脱原発」に対する認識も変わってきました。

原発にしがみつこうとする政治家

表メディアでも、裏メディアでも、「原発を止めるのは馬鹿だ」という主張ばかりを聞くようになりました。影響力のある政治家たちが、「原発を完全に止めるのではなく、せめてスタンドバイの状態にしておくべきだ」とか、「原発を稼働するかどうかは、立地している州政府が決められるように法律を変えるべきだ」とか語り始めました。これに関しては、原発の技術的な側面から、スタンドバイにしておくことは難しいこと、また原発稼働は国策であり、州への権限移譲は無理であることなどが理由で具体的には話し合われませんでした。

理性的な考えができない市民

けれども、こういった雰囲気の変化に合わせて、表メディアでも裏メディアでも原発擁護の声が聞かれるようになりました。主な内容は以下です。

「地震国でもないドイツがフクシマにひきずられて原発を止めるなんて愚かだ」

「ドイツの原発は世界でも最も安全な原発のうちのひとつだ」

「原発はもっともクリーンで安全なエネルギー供給の方法だ」

ロシア・ウクライナ紛争でサポリージャ原発が危機的な状況に置かれていることは知らないのでしょうか。「世界で最も安全な原発」というフレーズも、日本では福島原発事故前に散々言われていた空虚な論理です。ひとたびサポリージャ原発で戦闘が起こり、原子炉が危機的な状況になったとき、最後に対処するのは人です。それは津波や地震が原因だろうと、戦闘が原因だろうと変わりません。また、原発は通常稼働時でも周辺住民に健康被害を及ぼし続け、ウラン採掘から最終処分までの行程で人や環境に及ぼす悪影響がいかに大きいかも知らないのでしょうか。このような言動が表に出てくることによって、ドイツ人が掲げていた「脱原発」は、確信からきたものでなく、単なる感傷的な目標にすぎなかったんだと思うようになりました。

チェルノブイリとフクシマを忘れているドイツ人

サポリージャ原発に関して、「戦闘などによって放射性物質が大量に放出されれば、世界的な穀物の産出国であるウクライナで農産物が汚染される」、という言説も耳にしました。これを聞いたときには耳を疑いました。ウクライナといえばチェルノブイリ原発事故で国土が大きく汚染された国です。まるで、チェルノブイリ原発事故では何も汚染がなかったかのように、あるいはすでに汚染はなくなったかのように語っているのです。放射能の被害は30年や40年で消えるものではありません。チェルノブイリだけでなく、福島原発事故後、日本でも多くの人々が放射能汚染によって甲状腺がんを患ったり、産まれてくる子どもたちにもマイナスの影響が現れたりしていることはどうでもいいのでしょうか。

脱原発の日

このように、世論の半数以上が原発維持を支持し始め、向かい風が吹き始めましたが、幸い、ドイツの現与党には緑の党が入っており、彼らの粘りによって4月15日夜半にはとりあえず脱原発が達成されました。4月15日から16日にかけてメディアのトップニュースはいずれも「原発停止」で、メインキャスターが現地に赴いてドイツの原発の歴史が終わる瞬間を詳しく報道していました。緑の党に関しては、批判されるべきところは多々ありますが、「脱原発」はかの党の結成時からの党是であり、これを貫き通してくれたことはよかったと思っています。また、長年闘い続けた脱原発運動の市民たちも、このような状況の中、「静かに祝う」という雰囲気でした。私自身は、脱原発の日を夫と二人で静かに祝いました。

脱原発直後

最後の原発が稼働停止したあと、翌日には「電気が足りなくなってフランスから原発の電力を供給された」というニュースが日本でも流れたようですが、各国間にまたがる欧州での電力供給のシステムは非常に複雑であり、その一部だけを引き合いに出した報道なんだろうと私は思っています。とはいえ、経済大臣のハーベック(緑の党)が、「ウクライナが原発を稼働しつづけるのは容認できる」という思考倒錯した発言が裏メディアで話題になり、先が思いやられる出来事でした。

感じていること

ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)とドイツの原発稼働停止の時期(2022年末)がほぼ重なってしまったことによって、ドイツでは政治家も市民も、エネルギー危機の原因が脱原発であるかのように語り始めました。これは論理的な回路のスイッチが間違った方向に入ってしまったからです。原発が供給していたエネルギーはわずか6%だったということ、その反面ロシアへのエネルギー依存は50%以上だったということを冷静に考えるべきだと思います。ドイツのエネルギー政策は、脱原発によってではなく、ウクライナ侵攻によるロシアへの経済制裁によって混沌とした状態になっています。これを緑の党を含めたドイツ与党が舵取りできるのかが今後注目されます。

桂木 忍(ドイツ在住)