政府のスギ花粉対策の柱=舌下免疫療法薬使用の4倍増計画(NEWS No.574 p03)

<鳥居製薬の儲けが少ないから始まった?>

今年1月31日の東洋経済ONLINEは、日本たばこ(JT)の株主総会で、香港の投資会社がJTの子会社鳥居製薬(以下、鳥居)に対する経営責任を問題にし、鳥居の儲けが長年少なすぎる、鳥居を非上場株化し、他の会社に売却すべきだと主張したと報じています。子会社後、JT幹部が鳥居の社長の座を占めているJTにとって何らかの対応を迫られていたと思われます。

その後、JTから政府に強い働きかけがあったのか、5月30日に政府は花粉症対策の関連閣僚会議で「スギ花粉対策」を打ち出しマスコミに大きく宣伝されました。その「3本の柱」は、1)スギ花粉の量を減らすために2033年までにスギ人工林を2割減らす、2)民間事業者が行うスギ花粉飛散量の予測精度向上と、3)舌下免疫療法の「治療薬」の供給量を、現在の25万人分から5年以内に4倍の100万人分にするとしています。しかも、政府広報では、まるで「舌下免疫療法」が「スギ花粉症対策」の中心のような扱いとなっています。

<舌下免疫療法の「薬」を独占する鳥居製薬>

「舌下免疫療法」とは舌の裏側で、花粉などの抗原入り「薬」を溶かして感作させることにより、免疫をつける方法です。そのために使う「薬=スギ花粉の精製物」は、鳥居製薬のシダキュアが独占しています。この売り上げが現在の185億円の4倍の700億円ほどになるというわけです。当然ですが、鳥居製薬の株価は年初の2888円から、5月30日には3455円に20%も値上がりしています。(医薬ガバナンス学会6月2日)この政府の決定を事前に知っていた株投機家達にとっては大儲けができたはずです。

<企業の利益のための薬の需要拡大>

ところで、抗生物質の老舗塩野義製薬の利益が減った時に、効かないコロナ「治療薬」ゾコーバを「審査会」の強い反対を押し切って「緊急承認」しました。今回の、突然のスギ花粉症対策による「舌下免疫療法」の薬市場を、政府が4倍に増やすというのも、薬は患者を助けるために開発・普及されるのでなく、製薬企業の利益のために政府を動かし、需要を拡大するのが当たり前になったこと示しています。

<舌下免疫療法は「8割に有効?」>

とはいえ、ゾコーバと違い「舌下免疫療法」は花粉症(だけでなく喘息も含めて)を治す可能性

があり、少なくとも症状緩和に有効だとのデータが多く出ています。日本アレルギー学会の「アレルゲン免疫療法の手引き」では、「8割前後の患者さんで有効性が認められています。」また、他の薬と違い「根本的な体質改善(長期緩解・治癒)を望む患者さんには、積極的にお薦めしています。」としています。

ただ、この「8割」には注意が必要です。どのような効果がどの程度効くのかの定義がありません。

<有効性はあり>

まず、スギ花粉症に対する鳥居の製品「ミティキュア」のプラセボに対する中等症・重症患者での比較では、薬剤スコアの改善は小児21%、大人26%の効果が治療開始後3ヶ月後から見られています。アメリカでの「チモシーグラス花粉」での研究では、プラセボより成人で症状スコア20%、投薬スコア26%の改善とされています。両結果では、効果が全くと言っていいぐらい同じなのが少々気になりますが、この程度の効果があるようです。

また、季節性アレルギー性鼻炎で、プラセボとの比較をした39RCT を使った季節性アレルギー性鼻炎のコクランのメタアナリシスがあります。症状スコアの比較で「標準化平均差」standardized mean differenceが、-0.34(95%信頼区間-0.44、—0.25)、薬物スコアでは、同-0.30(95%CI:—0.41、-0.19)でした。この「標準化平均差」は、種類の異なる様々なアウトカムを合成する際に使われるもので、-0.34が34%近く減ったとは言えません。+/-0.2ではその効果は小さい、+/—0.5では中等度、+/—0.8では大きいという程度の大まかな判定をすべきとの意見もあります(Cochrane Handbook for systematic reviews of interventions)。

同様に、季節性又は通年性アレルギー性鼻炎では、ステロイド点鼻薬、抗ヒスタミン薬、モンテルカストなどとの、「舌下免疫療法」とステロイド噴霧などとのそれぞれの別の研究データによる、間接的な比較では「総鼻症状スコア」が16%良かったとのことです。

したがって、「8割前後の患者さんに有効」というのは、「アレルゲン免疫療法の手引き」にも具体的なデータは示されておらず、具体的にどのような研究からか分かりませんでしたが、全体として2-3割の症状・薬剤スコアでの改善があり、程度の差はあるが8割の患者で改善を認める、とのことかも知れません。

<長期間の治療が必要>

治療の継続は長期間にわたります。3年間継続すると、その後の2年間効果が継続するとなっていますが、それ以上の長期効果のデータは限られています。また、2年間の療法では、1年後には効果が認められなくなっています。より具体的なデータでその効果の継続、有害事象の程度と頻度や限界点などを明確に患者に伝える必要があると思われます。

<免疫療法の実施には知識・経験が必要>

同手引きでは、さらに、施行すべき医師は「アレルゲン免疫療法の適応疾患、作用機序、有効性、方法、副作用とその対応に関する知識、経験を持つものとする。」とされています。この療法を指導するには、相当丁寧な患者の選択と説明、フォローや緊急時の対応が求められます。

その上、現在まで軽症患者での効果については検討されていませんが、日本ではこの療法は軽症にも適応されるのです。

スギ花粉鼻炎患者の罹患率はなんと38.8%(鼻アレルギー診療ガイドライン2020)だそうです。このような膨大な患者群に一挙に舌下免疫療法が適応され始められれば、極めてまれだとされているアナフィラキシーなどの重度の有害事象も多発する可能性があります。また、ネットを見ると、この療法を宣伝している医療機関は圧倒的に耳鼻科診療所です。この療法が急速に拡大すると、毎日非常に多数の患者を診ている耳鼻科などでガイドライン通りに適切に実施できるのか危ぶまれます。

<免疫療法以外にもすべきことあり>

さらに、アレルギー性鼻炎では抗ヒスタミン薬、ステロイド薬の適切な使用方法がまず求められます。しかし、抗ヒスタミン薬はジェネリックの生産が減少し、販売の制限がかかっていることが多く、診療所などでは手に入りにくい状況があります。まずは最も多くの方々に使用される安価で簡単に使える薬剤の確保が必要です。

その前に、特に小児では、その鼻水がはたして花粉症によるものかどうか、アレルギーによるのかウイルス性のものなのかのきちんとした診断ができているのかも問われます。花粉症だとされていたお子さんが実はカゼだった例も多くあるはずです。

したがって、舌下免疫療法は、製薬会社の利益増・投機家など大金持ちの利益のために、政府の机上の急増政策によるものでなく、医療現場・市民への正しい情報と、意見の集約をはかり、安全で患者の状況に合った使用法の普及が求められています。

はやし小児科 林