日本版CDCの動向を監視しよう(NEWS No.574 p04)

次の感染症危機に備えるためという大義名分で、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合し、新たな専門家組織として「国立健康危機管理研究機構」、いわゆる「日本版CDC」を設立する新法が5月31日、参院本会議で可決、成立した。新機構は米国で感染症対策を中心に担う疾病対策センター(CDC)がモデルで、2025年度以降に設置する。

新型コロナウイルスの政策決定で不十分と指摘された科学的知見の迅速な収集と提供を担うとする。感染研が担う情報分析や危機対応機能と、国立国際医療研究センターが持つ診療と臨床研究の機能を統合して、感染症の情報収集から医療提供までを包括的に対応するほか、政府対策本部に参加し意見を述べる。

また、厚生労働省によると、具体的には感染症予防や医療に関する調査、研究、分析を実施する。感染症に関する司令塔機能の強化のために、23年度に内閣官房に新設予定の「内閣感染症危機管理統括庁」(仮称)に対し、迅速に情報を提供する。緊急時には感染症法で厚労相の権限として定められた検体採取なども行う。災害や事故で多数の負傷者が出た際に出動する災害派遣医療チーム(DMAT)や、専門家、保健師らによる支援員のチーム(IHEAT)への研修を実施し、人材育成機能も担うとする。

推進派が日本版CDCをどのように位置づけているかを概観しよう。

PHP総研のホームページで、『「日本版CDC」設立で国を守れ』と題して、渋谷 健司氏(英キングス・カレッジ・ロンドン教授)が以下のように述べている(要約)。

(前略)2015年には、わが国の今後の保健医療のビションを策定する目的の厚生労働省「保健医療2035」において、医務技監と日本版CDCの創設が提案された。これには二つの理由があった。まず、健康危機対応は国家安全保障であること、そのためには「想定外を想定できる組織」、すなわち、自己完結しインテリジェンスとロジスティックスを兼ね備えた軍隊的組織が必要であること、の二点である。米国CDCはまさに軍隊的組織形態になっており、幹部は制服を着ている。

日本版CDCが機能するためには、三つの条件がある。まず、自己完結した軍隊的組織であること。次に、ガバナンス的に独立したプロ集団であり、科学が政治に左右されることなく提言ができること。そして、インテリジェンスとロジスティックスにおいて圧倒的なリソースをもつこと、である。(後略)(ホームページ掲載2022年4月15日)。

きわめて露骨に、CDCが軍隊的組織であるという本質を述べている。

また日本経団連は、「司令塔機能を強化し、新たな感染症に備える」(2022年11月15日)と題して、以下のように日本版CDCについて述べている。

日本版CDCおよび感染症対策部を含む関係行政機関は、緊急時には内閣感染症危機管理統括庁の統合指揮の下で運営されなければならない。平時においても、統括庁が実効的な司令塔機能を果たすべく、必要な権限(例:勧告権)を持つべきである。また、地方自治体との関係では、緊急時には国が各地方自治体に対し必要な措置を講ずるよう直接的な強い指示を出せるようにするとともに、統括庁と日本版CDC、地方自治体の各々の役割と責任を明確にすることが重要である。

さらに、日本版CDCを軸にした研究開発の促進について以下のように述べている。

公衆衛生・感染症対策のサポートとして、日本版CDCは、必要な公衆衛生、感染症、臨床現場等のデータを、官民の大学・関係組織、専門家から一元的に収集・分析、リスク評価を行い、科学的見地に基づいて政府の意思決定や国民への説明をサポートすることが期待される。そのためには、平時からの感染症関係人材のネットワーク構築や、効率的かつ効果的な感染症対策に資するよう、データの収集・分析に係る体制整備、データの標準化、利活用に係る法制度整備、データ分析に係る人材の育成等も同時に推進すべきである。併せて、平時、緊急時における感染症対策の専門家の現場への派遣や、災害派遣医療チーム(DMAT)や感染症等対応人材(IHEAT)等に対する研修、公衆衛生、医学等の専門家の人材育成等を通じた政府の公衆衛生・感染症対策のサポートも重要な役割である、とする。

研究開発・生産基盤の確保について、日本では新型コロナウイルス感染症に有効なワクチンや治療薬の開発・上市が遅れている、として、日本版CDCを軸にワクチンや治療薬の研究開発・生産の基盤を国内に確保することは極めて重要である、と述べている。また、今般、医薬品やワクチンについての緊急承認手続も整備されたが、さらなる承認プロセスの合理化、効率化が必要であるとして、緊急承認の拡大も求めている。

災害時対応としてIHEAT出動などに言及するが、感染症に対する恒常的な公衆衛生的対策、感染症病床や公衆衛生機能の拡充は述べておらず、感染症危機管理として、私権制限も含めて権限をもたせ、一方で、感染症関係の人材育成やワクチン、医薬品の開発生産の基盤を確保することも述べており、感染症対策よりも私権制限や感染症関連医メーカーの育成も担う。日本版CDCが暴走しないように、民主的な監視が必要と考える。

※IHEAT:Infectious disease Health Emergency Assistance Teamの略。感染症のまん延等の健康危機が発生した場合に地域の保健師等の専門職が保健所等の業務を支援する仕組み。医師、保健師、看護師のほか、歯科医師、薬剤師、助産師、管理栄養士などが、保健所等への支援を行うIHEAT要員として登録されている。

2020年9月、厚生労働省は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により更なる保健所の体制強化が求められたことを踏まえ、都道府県単位で潜在保健師等を登録する人材バンクを創設し、支援の要請があった保健所等に対し潜在保健師等を派遣する仕組み(IHEAT)の運用を開始した。さらに、保健所設置自治体が感染症のまん延時等の健康危機発生時に速やかにIHEAT要員による支援を受けられるようIHEATの運用体制を計画的に整備すべく、2022年12月に感染症法一部「改正」により地域保健法が「改正」され、IHEATが法定化された(2023年4月1日施行)。また、地域保健対策の推進に関する基本的な指針(1994年厚生省告示第374号)において、保健所設置自治体は、IHEAT要員による支援体制を確保することとされている。

健康危機発生時に、保健所設置自治体で、当該自治体内の応援職員の派遣だけでは保健所業務への対応が困難な場合に、IHEAT要員に業務の支援を要請する。また、保健所設置自治体はIHEAT要員へ支援の要請を行う際に、IHEAT要員の本業の雇用主等に対し、要請に必要な調整を行うこととされている。

IHEAT要員は、保健所設置自治体から支援の要請があった際には、自発的意思により支援を行う。また、IHEAT要員は保健所の支援を速やかに実施できるよう研修を受講することとしている。

精神科医 梅田