臨薬研・懇話会2023年7月例会報告 シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第76回 (2023.7.9) 報告(NEWS No.575 p02)

JAMA誌近着論文が根本的に問いかけるRCTの企画・実施・報告の在り方

体液過剰は心不全の主要な症状である。瀉血(しゃけつ)などに替わって薬物治療として、フロセミドなどループ利尿剤が用いられている。トルセミドはフロセミドよりもより優れたプロファイルを有するとの考えもある。
TRANSFORM-HFはトルセミドとフロセミドとの直接比較を試みたプラグマティックなRCTである。
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論文

Effect of Torsemide vs Furosemide After Discharge on All-Cause Mortality in Patients Hospitalized with Heart Failure (心不全で入院した患者における退院後の全要因死亡率に及ぼすトルセミド対フロセミドの効果比較) JAMA2023; 329(3): 214-223 (TRANSFORM-HF試験)
(参考論文 試験に先立ち出版されたプロトコル論文  (JACC: Heart Failure 2021; 9(5): 325-335)、メイン論文に同時掲載されたEditorial  “TRANSFORM-HF-Can We Close the Loop on Diuretics in Heart Failure?” (心不全における利尿剤のループを閉じることが出来るか?)  JAMA 2023; 329(3): 211-213 )

試験目的

心不全で入院した患者において、
トルセミドがフロセミドと比較して全要因死亡率を低下させるかどうかを明らかにする。

デザイン、設定、参加者

TRANSFORM-HFは、米国の60の病院において心不全で入院した2859人の参加者を集めた非遮蔽のプラグマティックなランダム化試験であった。募集は2018年6月から2022年3月まで行われ、追跡期間は死亡が30か月、入院が12か月であった。追跡データ収集の最終日は2022年7月であった。事前に設定された主要仮説は、トルセミドがフロセミドと比較して全要因死亡率を20%減少させるというものであった。

介入

研究者が選択した用量によるトルセミド (n = 1431) またはフロセミド (n = 1428) のループ利尿剤戦略。

結果

トライアルは早期にあらかじめ設定された死亡数に達したので、データおよび安全性監視委員会 (DSMB)が中止を勧告し、臨床試験依頼者の国立心肺血液研究所も中止を承認した。
2859例の患者を対象としたこのRCTでは。トルセミドにランダムに割り付けられた患者の21.8%とフロセミトにランダムに割り付けられた患者の28.2%が、追跡期間中央値17.4か月の間に死亡したが、群間の全要因死亡率に有意差は見られなかった。

結論と意義

全要因死亡率に有意差は見られなかった。しかしながら、この所見の解釈は、(事前に決められた規定に従って試験の早期終了がなされたことによる)追跡不能、参加者のクロスオーバーが多くアドヒアランスが良くなかったことで制限される。
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報告者からみた問題点

1) この試験デザインでまず指摘できるのが、プラセボでなく実薬を用いる非遮蔽の試験であるにかかわらず、被験薬剤の投与量が担当医の裁量にまかされていることです。また、これに関連して被験者である患者の被験薬剤へのアドヒアランスにも大きな影響を与えています。このことが最終結果にバイアスをもたらすのは明らかであり、臨床試験とは何のために行うかの根本的なことにもつながります。
これは、心不全の治療において利尿剤は患者の病状や忍容性に合わせて用量調節されることから、二重遮蔽法の採用が難しいと判断されたようです。また一次アウトカムとして検討された要因にかかわらない総死亡は、アウトカム評価者が客観的に判定可能であったことも、非遮蔽法の採用を支持した理由のひとつのようです。
しかし、トルセミドとフロセミドの臨床効果に差があったとしても、それらが至適用量で投与されていなければ、その差を適切に評価することは不可能です。

2) 次に指摘されるのは、早期の試験打ち切りです。一般に「早期の試験打ち切り」は試験の結論が早期に得られた場合や、試験のそれ以上の継続が被験者保護などに倫理的な問題を引き起こす場合などに行われます。しかし、今回はそのいずれでもありません。単に事前に決められた症例数に達したからという打ち切り理由で、これが追跡不能でものが言えないことにつながりました。

3)それに勿論、まだ確立にほど遠い段階にある、リアルワールドのエビデンスを求めるプラグマティックなRCTの問題点があります。

報告者からみたこの論文の存在意義

1) 論文に書かれていることですが、この論文は主要エンドポイントについて、ネガティブな結果となった論文です。ネガティブな結果となった論文は出版されないという重要なバイアスが知られています。今回のように出版された意義は大きいのです。

2)この論文の議論の進め方というか「書きっぷり」が、都合の悪いことは書かないで進めるという強引さとは逆の、問題点についてもまずは一つずつ丁寧に挙げて書いているというある意味素直なところがあり、読者が問題点について考えるうえで参考になります。

3)次に挙げたいのは、このTRANSFORM-HF論文は現在の第一線のRCTの動向を典型的に示しているとも考えられることです。この点でこの論文を材料にRCTの動向とその将来について話し合う意義は大きいと考えています。

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例会参加者のディスカッションから

(順不同)

A  いろいろな論点が含まれており、評価は簡単にはいかないが、異色の論文であることは間違いがない。最近の臨床論文は、製薬企業のマーケッティングの影響で、新薬を過大評価するものが多い。しかし、ここでとりあげられているループ利尿剤は、フロセミドにしてもトルセミドにしても、ゼネリック医薬品が出ていて非常に安価な薬剤である。

B この論文には、心不全に対するループ利尿剤のエビデンスが十分でないことが書かれている。このことも影響して今回とりあげたメイン論文・プロトコル論文と、メイン論文に同時掲載されたEditorial とでは心不全に対するループ利尿剤評価のニュアンスが違っている。
メイン論文・プロトコル論文の著者たちは評価する立場であるが、Editorialは「心不全における利尿剤のループを閉じることが出来るか?」のタイトルに示されているようにやや懐疑的である。

C  心不全の治療にループ利尿剤による過剰水分の除去が有効なのは確かでないか。小児科での経験だが、利尿剤とジギタリスとですっと良くなった経験がある。

D 今回のメイン論文にトルセミドからフロセミドへのクロスオーバーが多くあったことが書かれている。心不全におけるフロセミドの有効性は大方の臨床医が効かないとは思っておらず、確信されるものとなっており、90%以上の臨床医が用いている状況でないか。一部の例外を除き大多数の心不全にフロセミドは有効で、いわば「あらためてRCTをするまでもない公知の状況」と見なせるのでないか。

(薬剤師 寺岡章雄)