臨薬研・懇話会2023年8月例会報告①「統合失調症薬物治療ガイドライン」改訂の要点(NEWS No.576 p02)

日本神経精神薬理学会・日本臨床精神神経薬理学会編集の「統合失調症薬物治療ガイドライン」(2015)の改訂版が2022年5月に公表されました。2015年版は、科学的根拠に基づいた統合失調症の薬物療法に関する本邦初のガイドラインで、この領域で初めてEBMベース(GRADEや日本医療機能評価機構EBM普及推進事業(以下、Minds)の方法論を採用)で作成されました。今回、ガイドライン普及の一層の推進のため、構成と内容に全面的な改訂がされました。

精神科分野はとりわけ薬物治療に問題の大きい領域であるだけに、真のEBMの実践が強く求められています。時宜を得た重要な内容と考え紹介するとともに、EBMを進めるうえでの治療ガイドラインの位置づけについて、今一度確認します。

「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」の本文は、以下のサイトにおいて無料で読むことができます。オンライン版は随時アップデートされる仕組みになっています。

https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0229/G0001355

また、読者が手元に置く便宜のため、有料の冊子版も医学書院から出されています。

今回は、例会での時間的な関係からガイドライン改訂について解説した総説記事を主にして紹介します。

橋本亮太・中込和幸 (国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神疾患病態研究部) 日本病院薬剤師会雑誌2023;59(4):344-8

中込和幸さんはガイドラインの5名の統括委員のひとりです。橋本亮太さんは、ガイドライン作成委員、ブラッシュアップチーム委員です。

総説の内容紹介

精神科医療では、従来、診断や治療に関して、医師や施設間で考え方やその実践手法に差異があった。統合失調症の薬物療法においても、多剤併用に関することを中心に、専門家間の考え方が統一されていなかった。精神科診療においては未だ向精神薬の多剤療法やほかの向精神薬との併用療法がしばしば行われるが、ガイドラインでは抗精神薬の単剤治療が大前提とされている。

しかし、ガイドライン公開後もその普及は必ずしも十分ではなかった。そこで「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究」(略称 EGUIDEプロジェクト)が2016年から始まった(全国280以上の医療機関、44大学が参加)。  さらに、患者と医師の共同意思決定 (shared decision making: 以下、SDM) の際に、判断材料の1つとしてガイドラインが利用できるという認識の普及が必要とされていることから、統合失調症薬物治療ガイド「患者さん・ご家族・支援者のために」が2018年に公表された。 ガイドラインが適切にSDMに用いられる基盤ができつつあるなか、これらの流れを踏まえて作成された全面改訂版が、「統合失調症薬物治療ガイドライン2022」である。

治療ガイドラインとは、「医師と患者・家族・支援者を支援する目的で作成されており、臨床現場における意思決定の際に、判断材料の1つとして利用できるもの」とMindsにて定義されている。そして科学的根拠に基づき、系統的な手法により、複数の治療選択肢について、益と害の評価に基づいて作成された推奨を含む文書である。ガイドラインは、最新の根拠に基づきアップデートしていくものとされている。

ガイドラインは、ランダム化比較試験 (randomized controlled trial: RCT)が上位に位置づけられている臨床試験などを科学的根拠としていることから、推奨はあくまでもある状態の患者に対する確率論的な情報であり、個々の患者の経過を完全に予測するものではない。すなわち、異なる患者には異なる使われ方をするものである。

残念ながら、このガイドラインそのものの概念について、精神科領域では十分に知られておらず、「ガイドラインと異なる治療には問題がある」、「ガイドラインは医療者の臨床経験と合わないので使えない」などの誤解が珍しくない。これらはいずれも間違っている。

医療を料理に例えてみると、材料 (=ガイドライン)を使いこなす (=臨床経験) シェフが医師である。「材料 (=ガイドライン)」と「使いこなす (=臨床経験)」は、どちらも少しでも優れたものであるほうがよく、この2つは相反するものではない。優れたシェフは、SDMにより、患者と共に料理を作る (=治療の方針の決定) というイメージとなる。

ガイドライン2022改訂版は、精神科医だけで作成するのでなく、当事者や家族を含む関連のステークホルダー全体の協力を得て作成したところが特徴である。これらを踏まえて、前版においては、臨床疑問 (clinical question: 以下、CQ) のみで構成されていたが、治療の前提となる診断や心理社会的治療を含む治療全般の総論、そしてガイドラインの位置づけについて記載したパート1 「統合失調症の治療計画策定」を追加した。さらに、パート2 「統合失調症治療の臨床疑問 (CQ)」においては、「有効性が明らかでない治療は行うべきではないというメッセージをより明確にしたこと」、「副作用に関する項目や記載を増やしたこと」、「妊娠と出産に関する項目を追加したこと」などが変更点としてあげられる。

パート2 「統合失調症治療の臨床疑問 (CQ)」で取り上げた「治療抵抗性統合失調症」では、クロザピンの使用が推奨されることを明確に記載している。クロザピンには様々な副作用が生じるため、その対応についても解説している。「その他の臨床的諸問題」では、対応について個別的に記載されている。このような問題については、エビデンスが不十分なことが多く、それに対しては根拠のない薬物治療を行わないことが重要であり、生物学的治療以外の治療法や支援方法を組み合わせることが必要である。

ガイドライン本文から

当事者・家族・支援者のための「統合失調症薬物治療ガイド」の作成を計画している。ガイドラインの普及・教育・検証活動であるEGUIDEプロジェクトを通じて、利用者がより深くガイドラインの内容を理解できるよう講習会を行う。ガイドラインの普及阻害要因としては、治療抵抗性統合失調症に推奨されているクロザピン治療が諸外国と比較して極端に普及していない要因として、処方に対する規制が極端に厳しいことがある。

本ガイドラインは概ね4年ごとに改訂を計画しており、次回は2026年の予定である。それまでに重要な新知見が得られた際は部分改訂を検討する。

妊娠中の統合失調症の抗精神病薬治療は再発と入院を減少させると考えられる。本人の有害事象および新生児不適応症候群の増加の可能性があるとはいえ、後者は対症療法のみで治療することが多く、胎児の有害事象のリスクの増加や児の神経発達の遅れのリスクも認められないため、本ガイドラインでは向精神薬による治療を準推奨する。

当日のディスカッションから

精神科の梅田さんから、専門誌「精神科治療学」が、「統合失調症の今を知る」の特集を組んでおり、「最新の統合失調症治療ガイドラインー本邦のガイドラインの変遷と、本邦と海外の最新のガイドラインの比較―」(2023; 38(7): 781-8)、「統合失調症の治療ガイドライン教育 (EGUIDE) の目的と成果」(同、789-94)の論文を掲載していることが紹介されました。内容は今回の総説論文と矛盾したものでないとのことです。2022改訂ガイドラインの内容については、まだエビデンスが整っていない領域なので、診療が具体的にはどうなるのか気になるところもあるが、慎重に検討してくださいとは書かれているので、今後の研究の進展に期待したいとのことでした。

参加者から質問として出されていたのは、「向精神薬」と「抗精神病薬」の使い分けです。「向精神薬」(psychotropic medicine)は上位概念で範囲が広く、一方「抗精神病薬」は本来統合失調症を対象とした薬剤を指す概念とのことでした。「統合失調症に対する第一選択薬は何か」との質問には、錐体外路症状が少ない第2世代抗精神病薬が第1世代よりも勝ることは定着してきている。「第2世代抗精神病薬」が第1選択薬といってよいとのことです。第2世代薬はオランザピン、リスペリドンの他、いまでは多くの薬剤がでています。なお、日本の現状は2剤まで併用が認められ、3剤以上にペナルティが課されます。クロザピンは多くの抗精神病薬に治療抵抗性のケースに対する薬剤で、他剤との併用はできません。また、クロザピンを使用する医療機関・保険薬局・医療従事者は事前にCPMS(クロザリル適正使用委員会)への登録が必要です。クロザピン導入に関しては登録された医師の他、薬剤師などを含む院内委員会で承認が必須です。顆粒球減少症などの害作用もあり、血液内科などとの連携も必須です。(※編集者によりクロザピンについて加筆)

現場の開業医師は「お金に非常に敏感」で、処方の経済的誘導の有効性について話題になりました。エビデンスを踏まえたより良い処方という要点が明確な際には、経済的誘導の手段は一定の効果があり、肯定が可能なようです。

当日議論の中心になったことに、錯綜した現実のもとで、利益相反の問題についてどう対処するかがあります。これはEBMを実践する上で診療ガイドラインがどのように位置づけられるかにつながります。

利益相反の問題は複雑で対処が実効するのは難しいのでないか、しかし方向の明確化への提起・努力は大事なのでないかとディスカッションが揺れました。レポート担当者の私見を問題提起として少し書かせていただければと思います。最も重要な問題を見失わないためには、個々の「利益相反」がどうかにとらわれ過ぎず相対的にみる大きな観点が大事と思います。最も大事なのは診療ガイドラインの全体としての公的な中身で、それがEBMにかなっているかです。書いた人の個々の利益相反などにとらわれ過ぎるのは、方向を誤る危険があります。診療ガイドラインの中身そのものの充実から目を離さず、今後を注視していきたいと思います。

薬剤師 寺岡章雄