臨薬研・懇話会2023年9月例会報告 複合エンドポイントの問題点を「勝利比」(Win Ratio)導入で改善したとする論文 ―新規心不全患者へのエンバグリフロジン投与の有効性・安全性(NEWS No.577 p02)

もともとは糖尿病治療剤として開発されたSGLT2(sodium-glucose co-transportor2)阻害剤ですが、近年は心不全治療に関するRCTが数多く報告されています。薬物療法などが奏功しにくいとされている左心室駆出率が維持された心不全患者に、SGLT2阻害剤を投与したEMPEROR-Preserved 試験のまとめの論文が2021年10月NEJM誌に公表されました(参考文献※1)。しかしこの論文は、主要エンドポイントが複合エンドポイントで、ハードエンドポイント (心血管死亡)とソフトエンドポイント (心不全による入院)が組み合わされており、患者にとって切実な心血管死亡に対するSGLT2阻害剤エンパグリフロジン (商品名ジャディアンス) の効果をみられる試験デザインになっていませんでした。複合エンドポイントは各患者で最初に起こったイベントを強調する仕組みであり、心不全による入院が前面に出て、患者にとって切実で重要な心血管死亡に対する効果が分からないからです。

NEJM誌への公表から半年にもならない翌年の3月、同様の心不全患者対象に「勝利比」(Win Ratio)を用いた今回取り上げる論文が公表されました。推測では、(※1)をNEJM誌に強引に公表したが、批判を予想して今回の研究を追走させていたのでないかと思われます。今回はこの論文をとりあげ検討しました。例会当日は、改善の意図はうなずけるものがあるが、実際に解決に向かうかは極めて疑問との結論となりました。

論文 Voors AA et al.  The SGLT2 inhibitor empagliflozin in patients hospitalized for acute heart failure: a multinational randomized trial (急性心不全で入院した患者におけるSGLT2 阻害剤エンパグリフロジン; 多国籍ランダム化トライアル ) (EMPULS)  Nature Medicine 2022; 28: 568-574

参考文献 ※1 Anker et al.  for the EMPEROR-Preserved Trial Investigators

NEJM 2021; 385 (16); 1451-1461

※2 EMPULSプロトコル文献2021 Jasper Tromp et al. EMPULSE試験の根拠とデザイン Eup J Heart Failure 2021; 23(5): 826-834

「勝利比」(Win Ratio)

統計学者たちによる提起。Pocock SJ et al.

「勝利比: 臨床で重視すべきアウトカムに焦点を当てた複合エンドポイント分析への新たなアプローチ」   European Heart Journal 2012; 33: 176-182

臨床試験における複合エンドポイントの従来の報告には、各患者の最初のイベントを強調するという固有の限界があり、それは臨床的重要性の低い結果であることが多い。この問題を克服するために、複合エンドポイントを報告するための「勝率」の概念を導入する。新しい治療群と対照群の患者は、それぞれのリスクプロファイルに基づいてマッチしたペアに形成される。一次複合エンドポイント、例えば心不全試験における心血管 (CV) 死亡および心不全入院 (HF hosp) を考える。マッチングされたペアごとに、新しい治療患者は、最初にCV死を迎えた人に応じて 「勝者」 または 「敗者」 のラベルが付けられる。それがわからない場合にのみ、誰が最初にHF病院に入院したかに応じて、その人は「勝者」または「敗者」のレッテルを貼られる。それ以外の場合は、引き分けとする。勝率は勝者の総数を敗者の総数で割ったものである。95%信頼区間と勝率のP値は容易に得られる。マッチしたペアの形成が現実的でない場合は、すべての可能なマッチしていないペアを比較することによって、別の勝率を求めることができる。この方法は、EMPHASIS-HF、PARTNER B、CHARMの試行の再分析によって示されている。勝率は複合エンドポイントを報告するための新しい方法であり、これは使いやすく、例えば死亡率のような臨床的に重要なイベントに適切な優先順位を与える。今後の試験報告での使用を推奨する。

Dung G et al. 層別化した勝率
J Biopharmaceutical statistics 2018; 28(4): 778-796

勝率は2012年にPocockらによって初めて提案されたもので、複合エンドポイントを、その構成要素の臨床的重要性の順序と相対的なタイミングを考慮しながら分析するものである。それ以来、応用面でも方法論でもかなりの注目を集めてきた。原則として、層別勝率分析の考え方は、予後変数(すなわち、層)を調整またはコントロールすることである。データはまず、予後変数に関して比較的均質な層に分けられる。そして、勝敗は各層内で別々に調整して計算され(すなわち、層固有の勝敗)、予後変数の潜在的なコンフォメーション効果は分析から排除される。その後、階層固有の勝利を組み合わせて、階層化された勝率を推定する。

臨床試験では層別解析を必要とする場合も多いが、「勝率」ではリスクプロファイルで層別した「層別化した勝率統計量」として、マンテル・ヘンツェル層別オッズ比と同様の方法で統計的に扱う(評価する)ことができるとしている。

今回の論文の抄録

ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害剤であるエンパグリフロジンは、左心室駆出率が低下した慢性心不全患者に有効性が示されてきているが、駆出率が保持された患者での有効性は明らかでない。また心不全の新規患者の入院の初期段階におけるSGLT2 阻害剤による治療の開始が安全かどうかも明らかでない。我々は本研究を、急性心不全で入院した患者における3つの基本的なケア目標(生存時間の改善、心不全イベントの減少、症状の改善)に対するエンパグリフロジンの効果を評価すべく計画した。

今回の二重遮蔽試験(EMPULSE)では、駆出率に関係なく、急性新規または慢性非代償性心不全と診断された患者530例を、エンパグリフロジン10mgを1日1回投与する群とプラセボを投与する群にランダムに割り付けた。

患者は臨床的に安定した時点で病院内でランダムに割り付けられ(入院からランダム化までの時間中央値3日)、最長90日間治療された。主要アウトカムは、臨床的有用性であり、あらゆる要因による死亡、心不全イベント発生数、最初の心不全イベント発生までの時間の階層的複合、または90日後のカンザスシティ心筋症質問票の全症状スコアのベースラインからの変化における5ポイント以上の差と定義され、勝率を用いて評価された。試験は2020年6月から2021年2月にかけて、15か国118施設で合計566例の患者をスクリーニングした。解析は治療意図の原則によるITT解析で行った。エンパグリフロジン投与群ではプラセボ投与群と比較してより多くの患者で臨床的有用性が認められ(層別化勝率、1.36;95%信頼区間、1.09-1.68;P = 0.0054)、主要評価項目を達成した。エンパグリフロジンの臨床的有用性は、急性心不全と代償性心不全の両方に認められ、駆出率や糖尿病の有無に関係なく観察された。エンパグリフロジンの忍容性は良好で、重篤な有害事象はエンパグリフロジン投与群で32.3%、プラセボ投与群で43.6%に報告された。これらの所見から、急性心不全で入院した患者におけるエンパグリフロジンの投与開始は忍容性が良好であり、開始後90日間に有意な臨床的有益性をもたらすことが示された。

今回の論文の本文記載から

新規心不全患者は、SGLT2 阻害剤を用いた以前の試験に参加する資格がなかった。

表1にランダム化された患者のベースライン特性を示す。年齢中央値は71歳(四分位範囲61-78歳)、34%が女性、78%が白人であった。入院からランダム化までの時間の中央値は3日(四分位範囲、2~4日)であった。その他の患者特性およびベースライン時の薬物療法は治療群間で均衡がとれていた。

合計 530 人の患者が治療意図の原則を使用した有効性分析に含まれた。試験薬剤の早期中止は114人の患者(21.8%)で発生し、エンパグリフロジン群では52人(20.0%)、プラセボ群では62人(23.5%)であった。 11 人の患者 (2.1%) は追跡調査ができなかった。

合計33例(6.2%)が死亡し、エンパグリフロジン群11例(4.2%)、プラセボ群22例(8.3%)であった。67例(12.6%)が少なくとも1つの心不全イベントを有していた(エンパグリフロジン群:28例、10.6%;プラセボ群:39例、14.7%)。

安全性分析では,両群でケトアシドーシスは発生しなかった。エンパグリフロジン群ではヘマトクリットとヘモグロビンが大幅に増加した。このことは、利尿作用と関係があるかもしれない。それは、エンパグリフロジン投与群では15日目、90日目ともに利尿反応が大きかったことからも支持される。ベーリンガーインゲルハイムとイーライリリーがこのトライアルのスポンサーとなった。

急性心不全で入院した患者にSGLT2阻害剤エンパグリフロジンを投与開始したところ、ランダム化後90日目に統計学的に有意かつ臨床的に意味のある利益が得られた。P値または信頼区間は多重比較用に調整されていない。全要因死亡および心不全イベントの減少とQOL(生の質)の改善が、エンパグリフロジン群の勝利数の増加に寄与した。結論として、今回の結果は、急性心不全で入院している患者の通常のケアの一環としてエンパグリフロジンの投与を開始すると、安全性への懸念なく90日以内に臨床的に意味のある利益が得られることを示唆している。

当日のディスカッションから

勝利比の導入による統計学者たちの複合エンドポイントの問題点克服の意図は分かるが、実際の解決に向かうかは極めて疑わしいのでないかとの、結論となりました。

出された意見 (順不同)
  • 解析方法以前に「二重遮蔽ランダム化トライアル」としているデータが信用おけない。SGLT2阻害剤の利尿作用で、投与されている試験薬剤が、実薬かプラセボかはバレバレでないか。
  • 心不全イベントが実薬群28例、10.6%、プラセボ群39例、14.7%とプラセボ群が多いのは不自然でないか。
  • 勝利比の計算に際して、ペアの組み合わせをどのように公正に行うのか。人の手で行うのでなく、コンピューターで行われる。いろいろな組み合わせをコンピューターで隈なく行って、その内最もスポンサーにとって都合の良いデータが論文とされてもわからないのでないか。
  • 90日後のカンザスシティ心筋症質問票の全症状スコアのベースラインからの変化における5ポイント以上の差が臨床的有用性のひとつに用いられている。しかし心不全にこれを用いるのには疑問がある。
  • SGLT2阻害剤に利尿作用などの薬理作用を超える心不全に対する特異的な臨床作用があるという、考えそのものを疑ってみる必要があるのでないか。
  • 臨床試験データはますますその実体が分からないものになっていく大きな傾向がある。臨床論文が信じられないとすれば何を信じたら良いのか、暗澹となるときがある。
  • 医学ジャーナルはこの傾向に流されるのでなく、もっと毅然とした態度をとってほしい。(日本医学雑誌編集者会議JAMJEの方向の徹底)

薬剤師・MPH ( 公衆衛生大学院修士) 寺岡章雄