アルツハイマー病用剤レカネマブ承認は許せない(NEWS No.577 p07)

厚生労働省の専門部会は8月21日、エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病(AD)用剤「レカネマブ」(商品名レケンビ)の製造販売の薬事承認について了承した。近く厚労相が承認して、年内にも実用化される可能性がある。適応は、脳内にアミロイドβ(Aβ)の蓄積が確認されている「ADによる軽度認知障害(MCI)及び軽度の認知症の進行抑制」。症状が進行した患者は適応外。

エーザイは、2025年以降にMCIの人と早期ADの患者が、合計約600万人で推移して、レカネマブが実際に投与されるのは、30年ごろにMCIの人または早期ADの患者の1%(約6万人)になると推計する。

しかし、ADの悪化は防げない。ピッツバーグ大学教授のカール・ヘラップ氏は、ADの専門家で、『アルツハイマー病研究、失敗の構造』(みすず書房)という著書もあるが、FDAは承認すべきではなかったと主張する。以下に氏の主張の要旨を示す。(https://diamond.jp/articles/-/329083など参照)

・開発した製薬会社は「レカネマブ群はプラセボ群に比べて認知機能の低下が(18か月後に)27%抑制された」と喧伝しているが、巧みなマーケティング戦略だ。ADの進行度を評価するために今回使われたのは、認知症の重症度を評価する尺度CDR(Clinical Dementia Rating)。18点満点で、数値が高いほど症状が進行していることを示すが、レカネマブとプラセボとの差は0.45。前者は1.21点分、後者は1.66点分の悪化で、どちらも症状が悪くなったが、レカネマブの悪化の度合いが0.45点分小さかったので、27%抑制して「改善」したとされた。この研究が発表される前は、少なくとも専門家たちの間では、1点の変化は有意であると考えられていた。しかし、レカネマブの差はその半分だった。統計学的には有意な進行抑制であっても、生物学的には実質のない差であることを示すデータといえる。

・レカネマブが前提としている「アミロイドカスケード仮説」では、レカネマブはAβを除去する作用を持っているが、これはAβの蓄積がAD発症の主な引き金になり、さまざまな事象のカスケードが起きてADが発症するという前提に立っている。ところが実際には、ヒトでもマウスでも、健康な脳にアミロイドを加えたからといって、アミロイドカスケードが始動するわけではない。ヒトの場合、AD患者の脳からアミロイドを除去しても病気の進行は止まらないし、アミロイドの前駆体であるAPPからアミロイドを切り出せないようにしても、病気を食い止められないばかりか、ヒトでもマウスでも健康を損なう。

・さらに、2018年、米国立老化研究所とアルツハイマー病協会が新たに出したガイドラインでは、「Aβが蓄積されていなければADではない」という定義に変えてしまった。この論法を用いてADの定義を仮説に合致するように変えてしまった。症状がない場合でもAβの蓄積があればADであるという、ひどい定義だ。

・また、レカネマブには深刻な副作用があり、治験に参加した被験者約1800人のうち、約13%の人に脳の浮腫、約17%の人に脳内出血が生じた(プラセボではそれぞれ約2%と約9%)。さらに治験後の試験で死亡例が報告されている。

・価格がすこぶる高い。米国ではレカネマブの薬代に年間2万6500ドルかかるといわれているが、これにこの「薬」を服用できるかどうかの事前検査、実際に服用が始まると、副作用が生じていないかを調べるために、定期的に行われるMRI検査なども含めると年間5万ドルほどコストがかかる。日本でもレカネマブが保険適用になれば、社会保障の財政が圧迫されるのは目に見えている。

・私のADに対する見方は、もっと相互につながったプロセスのネットワーク的な現象で、そのネットワークの1カ所に薬で介入しても、ネットワークがそれを回避するように適応して、病気は悪化の道をひたすらたどるというもの。だからこれからの研究は、多焦点のものでなければならない。DNA破損、酸化、髄鞘形成、炎症など複数の現象に焦点を当てて、研究の範囲をもっと広げなければならない。

効果の実感が乏しく、深刻なリスクがあり、しかもすこぶる高額である、というトリプルパンチだから、患者や家族にとって良いことはない、と氏の主張は明確だ。(日本で保険診療になった場合、薬価は米国よりも低くなると予想されるが、それでも年間百万円単位になるとみられる。自己負担は、高額療養費制度で、70歳以上の一般所得層(年収156万~約370万円)の場合は、年14.4万円が上限になる。しかし、保険外のPET検査が1回30万円程度と検査費用は高額。)

メガファーマがマーケティング戦略として病態仮説と無効で有害な「薬」を売り込み、患者、家族は得られるものが少なく、経済の負荷は計り知れない。承認は許せない。

精神科医 梅田