いちどくを この本『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』(NEWS No.577 p08)

『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』
藤田 早苗 著
集英社 1,100円(税込)
2022年12月刊行

8月5日の新聞第一面に、ジャニーズ事務所前社長による性虐待を訪日調査した国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会の専門家*による日本記者クラブでの発言内容「日本政府が主な義務を担う主体として捜査と救済方法の確保をすべきだ」が報じられ、第二面には「日本政府に救済迫る」との大見出し、二名の特別報告者と「ジャニーズ性加害問題当事者の会」会員の写真を伴う「検証」と題した記事を掲載していました。 (⋆)「特別報告者」(「国連人権理事会によって任命された独立した人権の専門家」)

ようやく、ここに至られた被害者の方々への敬意と共に、福島原発事故に関係する「国内避難民の人権に関する国連特別報告者」セシリア・J・ダマリー氏の記者クラブでの会見(‘22年10月7日)の新聞報道はあったかな?と、取扱いに「えらい違いやなぁ~」と感じていました。

政府はどう対応するのでしょうか?2012年11月福島原発事故後の人権状況を調査した「達成可能な最高水準の心身の健康の享受する権利に関する国連人権理事会特別報告者」アナンド・グローバー氏の勧告に対してのように「特別報告者の個人的見解」とするのでしょうか?

「自己責任」、公助に先立つ「自助・共助」の言葉を浴びせられ続けている者にとっては、この記事に何か新しい判断の基準を感じたり、国連がなぜ関与するの?と疑問を抱いてしまいます。そのように感じる事の由来や疑問を、本書は解きほぐしてくれます。

本書第二部では、「国際人権から見た日本の問題」を貧困、経済活動、情報・表現の自由、男性の問題でもある女性の権利、入管問題など具体的な日本の状況を通じて明らかにします。人権に対する国際的な到達基準、本来私たちが持つべき自身に対する価値観、人権を提示しています。そして「人権の実現には、政府が義務を遂行する必要があるのだ」と説いています。

本ニュース第552号(‘21年8月)で原発賠償京都訴訟原告団(編・発行)の冊子「国際社会から見た福島第一原発事故 国際人権法・国連勧告をめぐって私たちにできること」を紹介しました。原発事故による放射能災害に対しては2012年6月成立した「子ども・被災者支援法」がありますが、「被災者の生活支援」を具体化する法律は立法化されず、行政は「災害救助法」を根拠に被災者を避難住居から追い出す為に提訴するなど非人道的手段も辞していません。ところが、国連人権理事会で日本政府は「『支援法』に基づき必要な支援を行っている」と回答しているのです。原告団の冊子では「国内外で二枚舌を使っている」と批判しています。

(避難者の権利擁護に尽力されている柳原敏夫弁護士によると、かつて1975年の「公害国会」では、被害者救済のため14件もの法律が成立していました。)

私はこの冊子で「国家には、国内避難民になる可能性のある国民を保護する第一義的責任を有する」とする「国内避難に関する指導原則」が1998年「国際人権法」に基づいて定められていることを学びました。あとがきに「国連がたくさんの勧告を出してくれたのだから、まとめを出した方がいいと提案してくださった英国エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗先生」との紹介があり著者を知る事となりました。

著者は1999年「国際人権法」を同大学で学ぶために渡英。本書には日本政府の「特定秘密保護法案(2013年)、共謀罪法案(2017年)を英訳して国連に通報し、その危険性を国際社会に周知した経過も述べられています。2016年の国連特別報告者(表現の自由)日本調査実現にも尽力され、また「福島原発事故避難者に関する国際社会の動向と国内での応用」と題する講演活動も続けておられます。

本書第一部は「国際人権とは何か」です。

「国際人権」とは国際的な条約、宣言、決議などによって示された人権の規範と制度の総称。世界人権宣言に基づく人権条約(社会権規約・自由権規約)・人種差別、女性差別撤廃条約・子ども、障害者の権利条約など九つの条約のうち日本は八つを批准しており、日本国憲法(第九八条二項)は、条約を誠実に遵守することを定めている、なので「国内でも法的拘束力」を持ち、「条約は法律に優位する」とあります。

しかし個人が条約機関の「個人通報制度」にて国際人権法に基づく救済を得る、即ち「最高裁の後の救済制度」を行使するのに必要な「選択議定書」を日本政府は批准していないのです。

国際人権法は、司法試験の労働法・環境法など選択8科目中の「国際公法」の一部ですが選択されることは少なく、2021年も合格者の約1.3%が選択したのみ。日本の法曹界では、国際的な人権基準「国際人権法」を学んでいる人間が少ない事にも繋がっていると感じます。

第二次世界大戦中に欧州でナチスによる「ホロコースト」という大規模人権侵害を止めることができなかった反省から、国際社会は一国の人権問題は内政干渉してはいけない「国内関心事」ではなく「国際関心事」と決め、国連憲章・世界人権宣言の採択、「国際人権」を創出したことを学び、「今どきは、そんなこと言っても・・」に抵抗する元気を頂きました。

伊集院