いちどくを この本『アルツハイマー病研究、失敗の構造』(NEWS No.578 p08)

『アルツハイマー病研究、失敗の構造』
カール・ヘラップ 著 梶山あゆみ 訳
みすず書房 3200円+税
2023年8月刊行

医問研ニュース先月577号では、アルツハイマー病用剤が近く承認されるという報道を踏まえて、精神科医の梅田さんが、ダイアモンド社のウェブ情報などを巧みに用いて、「アルツハイマー病(以下「ア病」と略記)の用剤レカネマブ承認は許せない」の文をまさに時宜を得てまとめられている。

梅田さんの論説の結論は「メガファーマがマーケティング戦略として病態仮説と無効で有害な「薬」を売り込み、患者、家族は得られるものが少なく、経済の負荷は図り知れない。承認は許せない」と極めて明快であり、大賛成である。

レカネマブ承認は強行されるだろう。この問題はこれからも尾を引くことは確実なだけに、この書籍を一読した感想などを重ねて記すことも意義があるのでないかと考える。

原著者のヘラップ氏は、基礎医学者(神経生物学者)である。医科大学教授で「医療人」ではあるが医師ではない。

原著の出版は2021年であるが、訳本には、2023年7月執筆の「日本語版に寄せて」が収められている。この中でヘラップ氏は原著のまとめ的な記載にも触れており、訳本はヘラップ氏が直近の主張を改めて表明した出版物ともなっている。この書を出版したみすず書房は帯カバーに「良心の一石」と記している。

ヘラップ氏はア病を老人病として位置づけている。P247で「私のモデルの土台には、老化なくしてア病なしという不動の事実がある。(中略) 老化を(ア病の)根幹に位置づけるのが私の狙いである」と記している。

ヘラップ氏は、今日のゆがみをもたらした最大の原因のひとつが、ア病の定義を都合よくゆがめたことにあるとする。p298で「ア病の定義は、患者の脳内の堆積物ではなく、患者の症状に基づくものにすべきである。臨床ベースの診断法に立ち戻らない限り、治療法に向けて前進することは永遠に叶わないだろう。この変更はそんなに大変なものではない。現状では神経科医・精神科医がア病の診断を下したにしても、脳組織を顕微鏡で調べてプラークともつれが足りないと病理学者が指摘したら、病理学者が議論に勝つようになっている。だから定義を修正する上では神経科医の診断がものを言うようにし、臨床症状をゴールドスタンダード(決定的基準)にするだけでよい、実際これは容易に実行できる。というのも、臨床症状があるのに顕微鏡所見の認められない患者は全体の15%に過ぎないので、残りの85%には影響が及ばないからである」と記している。

ヘラップ氏は、ア病を老人病と位置付けるとともに、境界を定めることが難しい疾患であることを何度も語っている。この観点からは、例えば高齢期にみられる忘れっぽさとア病のリスクとは重なっており異なったものではない。このような客観的な観点をもつことが、われわれがこれらに正しく対処していく上で役立つのでないかと考える。

最後に、最近のマスメディアの報道の在り方にも関連して、実質的な最終章である第13章「関連機関のあり方を見直す」

から、記しておきたい。

ヘラップ氏はp206 で広く「メデイア」と呼ばれるものも集団思考の醸成に一役買い、これまで私たちの前進を阻む一因となってきた。世論はもちろんのこと、研究分野の自己認識をも方向つけるうえで、学術雑誌の出版社とニュースメディアの果たす役割についても私たちは考えた方がいい」として、鋭い批判を展開している。

薬剤師・MPH(公衆衛生大学院修士) 寺岡章雄