いちどくを この本『天井のない監獄 ガザの声を聴け!』(NEWS No.583 p08)

『天井のない監獄 ガザの声を聴け!』
清田明宏 著
集英社新書 880円&税
2019年5月刊行

ニュース第580号(‘23年12月発行)に「大阪小児科学会で、ガザでの停戦とガザの人々への緊急の救援と支援を訴える」行動の報告がありました。その中で、Lancet誌のCORRESPONDENCE(通信)に掲載された、UNRWA(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East国連パレスチナ難民救済事業機関 通称ウンルワ)保健局長の清田明宏氏によるガザの「人道的大惨事」を伝える訴えもニュース読者の皆様に届きました。(ついでながら、なぜNear East? 欧米大国から見た表現と感じられます。)

第二次世界大戦後の1947年、国連総会でパレスチナを「アラブ国家とユダヤ国家、およびエルサレム市特別国際管理地区」に分割する決議181号がなされ、1948年イスラエルの建国宣言が出されます。この分割は元来の領土割合や人口比では不公平な内容であった為、同年パレスチナ戦争(第一次中東戦争)が始まります。以後、たび重なる戦争でイスラエルの領土拡大、住む場所を追われるパレスチナ難民の増大に繋がります。(参考:奈良本英佑「君はパレスチナを知っているか」1991年 ほるぷ出版)

本書によると、翌1949年国連総会でUNRWAの創設が採択され、1950年からパレスチナ難民への支援開始。当初3年間の予定が「3年単位で延長に次ぐ延長を繰り返し」活動範囲はヨルダン・レバノン・シリア・パレスチナ暫定自治区(東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザ)に及び、約550万人の難民の人々に医療・教育・社会福祉での支援を主な任務としています。

2010年にUNRWA保健局長の任に就かれた著者はWHO(世界保健機関)で約15年間、中東など22ヵ国の結核やエイズ対策に携わった医師です。本書は、ウェブサイト「集英社新書プラス」で2017年7月から2018年9月に連載された「ガザの声を聴け!」を元に、2019年5月第1刷の発行ですが、’23年10月からの「ガザの人道的大惨事」を受けて同年11月第2版が発行されました。

イスラエルとの境界を高さ6mのコンクリート壁やフェンスに囲まれ「天井のない監獄」と呼ばれているガザは、「イスラエル政府による厳しい経済封鎖下に置かれている」と著者は述べています。空港は破壊され、港湾からの輸出禁止を受け、エジプトへの陸路も検問所の閉鎖・・・「陸の孤島」、「際限なく沈み続けている」状況の中で、若者の自殺の増加が報告されています。

「希望を持つことが難しいガザの社会と向き合いながら、そこの住民たちの健康を普段の生活から考えることが求められる」とUNRWAの保健局長としての仕事を捉えておられます。そして「活動を通じて毎日接しているパレスチナの人々の“生の声”を日本の読者に届けたいと思う」と書かれています。

第一章    絶望の大地で輝く、希望の星

3人の中学生の来日実現と、男性優位社会のガザで起業を目指して闘う女性達の姿を通じて、「若者がどのような環境に置かれているか」の紹介があります。中学生が夜の東京で

呟いた言葉「ここには、電気がついている」は心に残ります。

第二章    使われないままの家の鍵

イスラエルに追われ難民になるまで住んでいた家の鍵を持っている人が少なくないとのこと。「現在まで続くパレスチナ問題の発端は1948年のイスラエル建国」と述べる著者は紀元前11世紀頃よりのイスラエルの歴史、1300年近くパレスチナと呼ばれた地域の存在を分かりやすく解説。「パレスチナ問題の発生から現在(執筆当時:筆者注)までの経緯と概況」は1961年生まれの著者自身の人生を添わせる形で進みます。2010年

以降UNRWA保健局長として経験された「ガザの三度の戦争」の記述では、パレスチナを知らなかった自分が恥ずかしくなりました。

第三章    パレスチナ難民の健康状態

著者の「本業」について語られます。

「社会的弱者の疾病から見えてくる問題」に対する様々な取り組みから、医師としての立ち位置がうかがわれます。

第四章は、2018年5月の米国の在イスラエル大使館のエルサレムへの移転がもたらしたガザの状況、イスラエル軍からの発砲を受けながらも境界線のフェンスに向かって「自分たちの土地に帰る」権利を示威するガザの人々の「帰還の大行進(グレートマーチ)」の状況が伝えられます。第五章は、「冬の時代に日本ができること」です。

難民の人々の「人間としての尊厳」を守ろうとの努力と情熱に敬意を抱きます。

(伊集院)