ガザは人道的大惨事に直面しています。人の命がどんどん失われ、飢餓が蔓延する状況です。国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)はイスラエルに対してすべてのジェノサイド(集団殺害)行為の防止、人道援助のための即刻の措置などを命じる暫定措置を発出しています。
この様な事態を前に、子どもたちの生命と健康、人権と福祉を守り向上させることを目的としている小児科学会が果たすべき役割は大きいと考えています。昨年12月、大阪小児科学会での訴えに続き、4月19日~21日に博多で開催された第127回日本小児科学会学術集会で訴えてきました。学会に先行して、4月9日付で「ガザでの即時、かつ持続的な停戦に関する日本小児科学会の声明」を求める要請文を小児科学会長宛に送付しました。幸い全国から私を含め11名の小児科医が賛同人に名を連ねることが出来ました。大変、心強く感じ励まされました。
要請内容は以下の2点です。
- ガザでの即時、かつ持続的な停戦に関する声明を発せられること
- 国際小児科学会(International Pediatric Association:IPA)のガザに関する声明を日本小児科学会全会員に迅速に衆知されること
学会当日には、「ガザでの即時、かつ持続的な停戦」を求める内容の小冊子(同封資料)を作成し、250部を会場で配布しました。ほとんどの会員が手に取って見て下さいました。今回の学会での特徴は、国際小児科学会(International Pediatric Association:IPA)が、世界中の小児科医に対して、ガザの子どもたちを守るために声を上げ行動することを要請する2本の声明を発していることです。
IPA Statement on Immediate Ceasefire in Gaza(ガザ即時停戦に関する国際小児科学会声明)では、「国際小児科学会(IPA)はガザでの戦争犠牲者の数を深刻に懸念しています。 21,000人以上の命が奪われ、そのうち約6,000人が女性、9,000人が子どもであり、1時間ごとに子どもが4人ずつ増えている。 さらに、紛争により72の医療施設のうち46施設、36の病院のうち22施設が運営を停止し、300人以上の医師、看護師、医療スタッフが殺されました。この紛争により、約 200 万人の民間人が避難を余儀なくされており、そのほとんどは子供と女性であり、そのほとんどが複数の時間と場所で避難しています。 民間人の殺害は不当である。 IPAはあらゆる場所のあらゆる年齢のすべての子供たちを代表しており、ガザでの即時停戦を支持します」と述べています。
また、ガザ地区で栄養失調が深刻化し、子どもたちの命が脅かされています。特に北部では、2歳未満の子どもの6人に1人が急性栄養失調に陥っています(WHOニュース)。パレスチナ・ガザ地区では、地域全体が爆撃を受け破壊された北部は、数カ月にわたって援助がほぼ途絶え、人びとはわずかな食料や水、医薬品しかない中で生き延びようとしています。
ガザ地区の人口の約半数にあたる110万人が、今から7月までの間に壊滅的なレベルの飢餓と飢饉に直面すると予想されています。子どもたちは、世界がこれまでに経験したことのない速さで飢餓に苦しんでいます。この惨事がさらに驚くべきなのは、それが完全に人間の決定の産物であるということです。自然災害のせいではなく、イスラエルによる包囲のせいなのです。イスラエル政府の食料を武器として使い(using food as a weapon)人為的に飢餓を生じさせるという非人道的な暴挙をやめさせる必要があります。
こどもたちの命を守るためには、次々と負傷者と犠牲者が生まれ続ける戦争という圧倒的な破壊状況を止めなければなりません。必要なのは即時停戦です。
同時に一時的な休戦は功を奏しません。今停戦になっても停戦終了後は戦闘行為が始まる現実は変わっていません。実際に、11月下旬の一時休戦が終わると、ガザ南部は再び激しい攻撃にさらされるようになりました。国連安保理決議humanitarian pauses(on 15 November 2023) は cease fireという言葉をイスラエル・米国が使用を嫌がり、Pauseになりました。戦闘行為が終わるのではなく、一時的に停止して人質の解放(交換)を行う、という意味を強調するために、です。したがって、必要なのは、即時、かつ持続的な停戦です。
二つ目の声明は、IPA Statement on Children in Gaza(ガザの子どもたちに関する国際小児科学会声明)です。
「国際小児科学会はガザにおける即時停戦に関する立場を改めて表明します。 現場で起こっていることは人間の尊厳に反するものです。 罪のない子供たちを殺したり、作戦の一つとして飢餓を利用したりすることは犯罪行為です。 国際小児科学会は、罪のない子供たちの命を脅かす暴力の現場を目撃して黙っているわけにはいきません。 私たちは、停戦と平和をもたらすために各国政府に対して直ちに行動するよう、世界中のすべての小児科医がそろって声を上げ、要求することを求めます。」としています。
現在のガザでの惨事を犯罪行為と断じ、目撃して黙っているわけにはいかない。世界中の小児科医に停戦と平和をもたらすために各国政府に対して直ちに行動するよう求めているのです。とても画期的で素晴らしい内容と考えています。
4月20日に行われた学会の通常総会で発言をしました。総会というのは、予算や理事人事などを決める学会での最高議決機関です。当日は、会場の来場者数:出席代議員と一般会員を合わせて230~240名程度の参加があったと思っています。
全国80を超える大学医学部の小児科教授、成育医療センターを始めとする小児センターの院長などを前に、=全国の小児医療の指導的位置にある小児科医を網羅した集団に対して、ガザの停戦を求める訴えと議論を、学会長とのやりとりで約10分の時間をとって行ないました。会場は、シーンとして静まり返り、私の4分間の訴え聞いていただきました。私の発言の終わりでは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA・ウンルワ)保健局長の清田明宏先生から託された「日本小児科学会の皆様へ」というガザ停戦に向けた訴えも読ませていただきました。
今回の小児科学会学術集会が、テーマとして避けてしまっていた、ガザの人道的惨事を前に停戦の声を上げるという課題を、学会総会の焦眉の課題として存在していることを示すことが出来たのではないか。学術集団は、一般的に「時事性や政治性が高いとして避けて通り過ぎること」が多いですが、今回のガザ停戦の問題に関して、学会を代表する多くの代議員がこの問題に注目したことは間違いありません。その点で、今回の発言とパンフレットの配布は、「戦争犯罪により子どもたちの身に人道的大惨事が生じている事実が存在する。国際小児科学会の声明にある様に、世界的に停戦と平和を求める行動をとることが求められている状況で、従来の様に学術団体として狭い殻に閉じこもるのか、子どもの人権を守るために声を上げるのか」が問われるという、日本小児科学会にとって歴史的な重要性を持っている場面にあると思います。
小児科学会長からは、1)IPA声明は会員に伝える様にする。2)「ガザでの即時、かつ持続的な停戦に関する声明」に関しては、出すとも、出さない、とも言われませんでした。
「ガザの子どもたちの惨状を前に、心を痛めている。何としなければという思いがある」。会長挨拶の中で、この問題への関心と懸念を表明した。一方で、「ガザでの即時、かつ持続的な停戦に関する声明」に関しては、学会として動くことには、日本では、他のどの学会も何も動いていない中で躊躇がある。」と言われていました。 たしかに、日本の医学会の現状は、本当に「平和ボケ」しています。小児科学会以外は、ガザの惨状に対して何も触れていないのが現状です。
以上のような状況ですので、 「停戦と平和をもたらすために各国政府に対して直ちに行動するよう、世界中のすべての小児科医がそろって声を上げ、要求することを求めます」と言う国際小児科学会(IPA)の動き、清田先生から小児科学会会員に届いたGAZA現地から渾身の訴えを前に、「どうする、日本小児科学会?」と今後の動きに注目していきたいと考えています。
高松 勇(たかまつこどもクリニック)