いちどくをこの本『子ども虐待』(NEWS No.433 p07)

『子ども虐待』

西澤 哲 著/講談社現代新書/740円(税別)

著者は大学卒業後,心理職として情緒障害児短期治療施設に就職し「虐待」を受けた子どもたちと出会う。5年間の職務ののち,本来は自分をもっとも愛し,守ってくれるはずの親からの激しい暴力や,「見捨てられた」と思えるような体験が子どもに与える心理的影響を理解したいと考え,1985年に渡米する。サンフランシスコ州立大学大学院教育学部カウンセリング学科で学び,虐待を受けた子どもの入所治療施設でインターンとして3年間勤務し,「トラウマという概念」を学ぶ。

1989年帰国以後の,児童養護施設や児童相談所などの子ども家庭福祉の現場や医療機関での臨床経験に基づいて,1997年「子どものトラウマ (講談社現代新書)」を上梓,虐待体験をトラウマ性体験としてとらえることで,こどもの生活上の支援や心理療法がより適切に行なえるようになったとしている。

著者はその後も,福祉や医療のみならず,司法や行政などの領域で,より多くの虐待を受けた子どもたちに関わり続ける。その積み重ねの中から,人格形成途上での「慢性的なトラウマ性体験」となる子どもたちの虐待体験は,外傷後ストレス障害(PTSD:posttraumatic stress disorder)の概念をはるかに越えたものとの理解に至る。さらに,虐待やネグレクトなどの心理的影響を理解するには,トラウマ概念だけでは十分でなく,「アタッチメント(愛着)と呼ばれる,子どもが発達初期から,その主たる養育者に対して本能的に形成する情緒的な結びつき」とその障害という考え方も必要としている。

以上を踏まえて,多くの具体的な事例への心理臨床活動を通じての「虐待と,こころの問題」についての著述は,次世代となる子どもに接する「おとな」にとって非常に多くの示唆をふくんでいる。「第1章 子ども虐待とはなにか」には,アビューズabuseの意味が「乱用」である事から考えると,child abuseの訳語である「こども虐待」では,親と子どもとの関わりの基礎に,本来ある子どもの身体的・情緒的欲求ではなく,親の欲求・要求が存在し,「乱用」とは,親が子どもの存在あるいは子どもとの関係を「利用」して,自分の抱える心理・精神的問題を緩和・軽減することを意味するとある。「第2章 虐待してしまう親の心」では,子どもへの虐待傾向につながる親の心理状態の調査結果報告があり,「第3章 DVと虐待」では,DVの夫と子どもを(性的に)虐待する父親の心理の関連について,「第4章 性的虐待は子どもをどのように蝕むのか」では,虐待の中でも特に,子どもの心理(精神)や行動に与える影響が大きく,かつ人生の長期にわたる可能性のある性的虐待が取り上げられており,SACHICO(Sexual Assault Crisis Healing Intervention Center Osaka:性暴力救援センター・大阪)に参加する私自身の活動を再考するものとなった。

続いて,「トラウマ」「アタッチメント」について執筆されており,最終章では「本来の自分を取り戻すために」と題して,虐待体験が子どもに与える全人格的な影響からの回復を目指す取組みが紹介される。

しかし日本では,虐待から保護された子どもの90%近くが集団養育を受けている。児童養護施設でのケアワーカー配置基準は幼児4人に対して1人,小学生以上の子ども6人に対しては1人である。慢性的なケアワーカーの人員不足のため,著者の「治療的養育」は,「絵に描いた餅」とならざるを得ない状況とのことである。ちなみにイギリスでは,子ども1人にケアワーカー1人の配置である。

小児科医 伊集院