いちどくをこの本『市民のための疫学入門〜医学ニュースから環境裁判まで』(NEWS No.453 p07)

津田敏秀 著  緑風出版 2400円+税

4月広島での「こどもたちを放射線障害から守る全国小児科医の集い」では、

著者の津田敏秀氏が「福島県での甲状腺がん検診の結果の関する考察」を講演されました。この講演の中で著者は、今回の検診では「潜伏期間と呼ばれる状態で病気と認識された」ことも考慮に入れるために、「がんの状態」の人を発見した確率(有病割合とか有病率と呼ぶそうです)を算定する式を説明されました。

有病割合≒発生率×平均有病期間

この式を使うと、たとえ「がん患者を3名だけ」あるいは「原発事故以前から発生していたがん」と考えても、「3名でも多発」が明らかとなります。質疑で甲状腺専門の医師が、「福島での甲状腺がんは、超音波検診でたまたま発見されたものではないか?」「平均有病期間だけ上の年齢層の発生率と比較すべき」と発言。発生率の高くなる青年期で有病期間の長い設定では、多発の証明は困難になることの表明のようでしたが、医問研の山本英彦さんが示した「ベラルーシでの甲状腺がん発生推移のデータ」は福島の事態が「たまたま発見」とは考えにくいことを教えてくれました。今回の講演では、いま焦眉の課題となっている原発事故で放出された放射能の環境汚染と人体への健康被害をどう評価して、今後どのような対策をたてるべきかを考える根拠を「疫学という方法論」が与えてくれることを学びました。「あ~、やっぱり疫学って大事なんだ!」「ヒトに関わる事柄に対する科学的視点を得るものなんだ!」と何年かぶりに、もう一度本書をご紹介することにしました。

本書の「はじめに」では、~現代の医学を語る際のいわば「言語」となっている疫学という方法論の紹介本~と書かれています。2003年11月初版発行の本書では、同年春のSARS(サーズ:重症急性呼吸器症候群)を始めとして、現実に発生した事件を示し、その後に疫学理論や様々なエピソードを挿入して「疫学の基本構造の理解」に至るべく「読者に飽きられないよう」な工夫が凝らされています。食中毒事件としては水俣病、カネミ油症事件、雪印低脂肪乳事件、薬害事件としてサリドマイド事件が取り上げられています。その他、たばことがん、ヘリコバクター・ピロリの除菌治療、乳幼児突然死症候群とうつぶせ寝、双子研究など具体的データが提示され、演習問題の練習も含めて興味深く読めます。「疫学の広がり」を述べた章では、国際的には1950年代以降、特に1960年代後半から疫学理論の整備がめざましかったことが紹介され、日本では?とつい思ってしまいます。また「要素還元主義が、実際の社会で生じていることに対する対策や判断を遅らせる要因になる」との指摘は著者が「科学の役割」をどのように捉えているかを感じさせられました。最後の「困った困った発言集」は、「日本の科学の問題点」を教えられると共に自分の力量をも振り返ってしまうものでした。

文章の所々に心情がこぼれ出たような言葉遣いは、医問研の取り組みに気さくに応えて下さる著者のお人柄を表しているように思います。

(小児科医 伊集院)