原発事故と汚染があった地域で、周産期死亡が増加している、とのH. シュアブらの論文の紹介(共著者 林敬次)

『Medicine®』に掲載された原発事故と汚染があった地域で周産期死亡が増加しているとの記事を、一般の方にも理解していただくために、少し詳しく解説しました。

Hagen Heinrich Scherb, Kuniyoshi Mori, Keiji Hayashi.
“Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan – A spatially stratified longitudinal study.”
(Medicine 2016; 95: e4958)

「日本の福島原子力発電所事故により汚染された県・都での周産期死亡の増加
空間的に層化した縦断的研究(汚染度で分けて、時間的に経過を見てゆく研究)」

という題名の論文が『Medicine®』という、査読付きの医学雑誌に掲載されました(こちらに紹介記事本文PDF)。福島での人間の生殖に関する問題をテーマとした論文では初めてです。

この論文は、ドイツの著名な生物統計学者で、原発周辺の子どものがんの増加を証明したドイツ政府による研究(KiKK研究)に参加し、チェルノブイリ事故後の生殖に関する異常な増加を証明する多くの論文などを発表しているハーゲン・シュアブ氏を中心に、医療問題研究会の森國悦と林敬次の共著として掲載されたものです。この論文を一般の方にも理解していただくために、少し詳しく解説しました。疑問などあれば、原著をご参考ください。

【はじめに】

東日本大震災により、東電福島第一原発事故が2011年3月11日に起こりました。そこからは900ペタベクレルという途方もない放射性物質が大気中に出ました。WHOはそのことにより浪江町などで固形癌や白血病が増加することを予測しています。
すでに、津田敏秀岡山大学教授によって、甲状腺がんが異常に多発していること、それが原発事故による被ばくに起因している可能性が高いことが証明されています。

その甲状腺がんよりも、放射線障害として最も多くの人々に認識されているのが、生殖に関するものです。病院でも放射線による検査を受けるときは、必ず妊娠の有無を聞かれるはずです。被ばくした胎児には、がんやその他の障害が生じます。胚細胞や胎児は放射線の障害を受けやすく、低線量でも影響を与えられます。卵子や精子も障害をうけることがわかっています。胎児が被ばくすると重要臓器が成長せず、死産したり出生後すぐに亡くなることは「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」も1958年当初から知っており、死産と男性と女性の比率の変化がわかりやすい指標だとしています。

致命的な突然変異は、流産の頻度、周産期死亡、死産、妊娠の減少、不妊、性比の変化として現れます。小児期早期のがんも含めて、放射線の有害な影響は、職場環境、医療での診断や治療、それに自然環境が調査され、科学的論文として報告されています。

本論文は、次のような分類で科学論文を上げています(P.2 左段)。

  • 日本での原爆
  • Windscale/Sellafield 核処理施設火災
  • 職業的被ばく
  • 診断と治療被ばく
  • チェルノブイリ原発事故
  • 福島原発事故
  • 自然放射線
  • 核施設近くでの生活

チェルノブイリ事故後の生殖に関する報告は多々ありますが、福島では未だごくわずかの報告しかありません。福本栄雄氏らやアルフレッド・ケルブレイン氏は、福島原発事故後の自然の胎児死亡と乳児死亡が増加したことを報告していますが、周産期死亡については報告されていません。
そこで、この論文では、事故で放射能汚染された地域で周産期死亡率が増加しているかどうかを、2001年から2014年末までのデータで調べています。

福島の事故がチェルノブイリと違うところは、強い地震と津波があったことです。そのため、地震・津波と周産期死亡率の関連も含めて、高汚染地域、中等度汚染地域、汚染のないまたは少ない地域に分けて検討しています。

【方法】

この論文で使われている周産期死亡率のデータは、厚労省が発表して、「e-Stat」という名前で一般に公表されているデータを使っています。

汚染程度のデータは、2011年12月時点での群馬大学早川由起夫教授の汚染地図に従って、高汚染地域(岩手、宮城、福島、群馬、栃木、茨城)と、中等度汚染地域(千葉、埼玉、東京)、そしてそれらの地域を除外した弱い汚染または汚染なしの全国に分けました。分け方は、それらの都・県が、汚染地図で0.25μSv/h以上の地域で「大きい」(=高度汚染)、「少ない」=(中等度的汚染)、「はぼない」=(汚染なしまたは少ない)で分けています。

<表1>は、2001年から2014年末までの「高汚染地域」「中等度汚染地域」「その他」の各地域の周産期死亡率(PD)、出生人数(LB)、周産期死亡率(PDp)を集計しています。中等度汚染地域の1都・2県の人口が多いので、高度汚染6県よりも、出生数は2倍になっています。
地震と津波の直接的な影響を調べるために、高度汚染6県を2つに分けています。

<表2>の様に、地震・津波による人的被害が極めて大きかった岩手と宮城では、10万人当たり死者・行方不明者は450人になります。他の4県ではそれは20人でした。それぞれの、月毎の周産期死亡率を計算して比べました。

原因を推測するには、周産期死亡率の増加よりも事故が時間的に先に生じていること、被ばくと周産期死亡が関連していること、が必要です。そこで、著者たちは事故の後に周産期死亡が変化しているかどうか、そして変化していれば汚染度と関連しているかどうかを調べました。

(この目的のために、使った統計的手法は、ここでは省略します。)

【結果】

<図3>は、高度汚染地域6県の周産期死亡の推移です。横軸が2000年から2014年までの期間です。縦軸は、周産期死亡率です。白丸はそれぞれの月の周産期死亡率です。周産期死亡率は月によって大きく上がったり下がったりしながら徐々に下がっています。これは妊娠出産を巡るさまざまな環境が改善されているためかと思います。右肩下がりの太い実線は、上がったり下がったりめまぐるしく変化する周産期死亡率を統計的に処理して、その傾向を表したものです。年々、前年度のオッズ比で0.96(95%信頼区間:0.952-0.968)倍ずつ減少している、すなわち1-0.96=0.04、毎年前年の約4%ずつ周産期死亡率は下がっていることになります。これは傾向分析Trend analysisと言う、科学的で鋭敏な手法です。

例えば、2012年と2008年を比べると4年間で、0.96×0.96×0.96×0.96=0.85となり、約15%程減少していることになります。例え、2012年に2011年より15%増加しても、4年前の値と比較するとほぼ同じで、全く増加していないことになります。ですから、障害が増えたことを隠したい場合は、そのような何年か前のデータと事件後のデータを比較することで、障害が増加していないことを「証明する」こともできるわけです。しかし、この論文で採用されている傾向分析では、そのような間違いが生じません。

さて、図3で、2011年の縦に長い線が入っている所が地震・津波・事故が生じた3月です。それより10ヶ月後2012年1月に縦の破線が入っている所で、傾向を表す太い実線が急に上昇しています。その後、それまでの傾向と並行して、高いままで下がっています。

この上昇した率が、前年の周産期死亡率のオッズ比で1.156(95%信頼区間;1.061-1.259)、すなわち周産期死亡率が15.6%増加したことを示しています。これがそのまま推移していますから、15.6%の増加なしで毎年約4%の減少をしていった場合に比べて、この3年間では、165人(95%信頼区間;66-278人)が余分に亡くなっていることになります。

<図4>は、千葉・埼玉・東京の中等度汚染地域の周産期死亡率の時間的変化を示しています。図3と同様に年々周産期死亡率は約4%ずつ減少しています。縦に長い線が入っているのが2011年3月で、その10ヶ月後に縦の破線の入っている時に、実線は急に上昇しています。その率は、オッズ比で1.068(95%信頼区間:1.001-1.139)で、統計的有意に6.8%増加して、そのまま2014年末まで推移しています。この地域での出生数が高汚染地域の2倍程度ですから、増加した周産期死亡数は3年間で153人(95%信頼区間:10-309人)です。高度汚染地域と中等度汚染地域を合わせると、3年間に318人の周産期死亡が増加したことになります。

<図5>は、高度・中等度の汚染地域を除外した38道府県の周産期死亡率の推移です。震災前後の変化はなく、一貫して減少しています。

<図6>と<図7>は高度汚染地域を、表2を元に地震・津波の直接的な人的被害の大小で2群に分けて検討したものです。

まず、<図6>は地震・津波の人的被害が比較的少なかった4県(福島・茨城・群馬・栃木)の周産期死亡率の推移です。震災10ヶ月後にオッズ比1.17(95%信頼区間1.062-1.301)に17%増加してそのまま元に戻ることなく下降してゆきます。これは、図3や図4と同様です。

ところが、<図7>では他の図と違い、2011年3月に非常に高い一過性の急激な増加が現れています(オッズ比で1.709(95%信頼区間1.186-2.463)。しかし、この増加はすぐにそれまでの率に戻っています。その後、震災の10ヶ月後に再び急速に増加しオッズ比1.15(95%信頼区間0.977 -1.355)と15%増になり、その後は増加したまま、2011年3月までの減少傾向の線と平行して下降してゆきます。
(注:周産期死亡率は、周産期死亡数/(出生数―22週以後の死産数)ですが、この論文では周産期死亡数/出生数、で計算しています。この違いは結果にほとんど影響しないことが、Letterとそれに対するレスポンスで議論されています。)

【考察】

再度結果をまとめますと、震災直後には岩手・宮城では、1.7倍になる周産期死亡率の増加が一過性に生じていましたが、その他の地域では目立った増加はありませんでした。しかし、震災10ヶ月後の増加は、高度汚染地域の、岩手・宮城で15%、福島・茨城・栃木・群馬で17.5%、中等度汚染地域の千葉・埼玉・東京で6.8%の増加となっていましたが、汚染が少ないかない地域では増加は見られませんでした。

また、<図7>と<図6>の違いである、2011年3月の大きなジャンプは、表2に現れている岩手・宮城での極めて多数の死亡・行方不明を生じさせた地震・津波の直接的影響の一部として、周産期死亡率の急速な増加を示すと考えられます。
従って、図3、4、6、7に共通する地震・津波の10ヶ月後の増加は、被ばくによる影響の可能性が高いと言えます。

この研究は集計されたデータによるエコロジカル(地域相関:臨床研究方法の一つで、個人ではなく集団を対象として、原因の特徴と疾病の罹患(死亡)率との関係を調査する)研究のため、周産期死亡率の増加の原因を直接証明したものではありません。
しかし、事故後10ヶ月後に障害が現れたことは、その原因は主に卵子・精子、他に胚細胞や胎児に障害を与えたものと考えられます。もし、避難や不安による妊婦の障害による周産期死亡率の増加なら、主に妊娠後期に生じるため、震災直後から増加する可能性が高いのです。
さらに、高汚染地域が中等度汚染地域より増加が大きく、汚染度の低いないし無いと考えられる地域では増加していないことは、被ばくとの関連性を示唆しています。
また、チェルノブイリ事故後に、ヨーロッパで生殖に関する障害が現れていることも周産期死亡と被ばくの関連を示唆しています。例えば、ドイツでは1987年に4.8%増加しました。また、死産や先天異常がドイツやフィンランドでも増加しました。

この研究の、原因を解明するための主な限界は、高度に集計されたデータによるものです。この研究では、原因と結果の関係を混乱させる「交絡因子」のうち、時間(傾向分析)、季節性(月々のばらつき)、そして津波事態の影響は排除できています。しかし、妊婦への様々なストレス、その他のさまざまな事故前後の周産期死亡率に影響を与える因子についての影響も考えなければなりません。
理想的には、周産期へのリスク因子の住民を基礎としたデータが将来の研究に用意されるべきです。

もう一つの問題は、津波と原発事故の間の住民の移動が、我々の結論を混乱させる交絡因子の一つです。これに関するデータはありませんが、若い夫婦が被ばくし、汚染地域から他地域に移動する前に被曝を受けたとすれば、高度、中等度汚染地域での周産期死亡率は減り、低・非汚染地域では増えることになります。その結果、高度汚染地域と低・非汚染地域の周産期死亡率の差が少なくなるはずですから、両者の差を説明する要因にはならず、逆の要因になります。
チェルノブイリ事故後のヨーロッパで生じたこと、福島での地震・事故後10ヶ月からの周産期死亡の増加が、被ばく量と関連性時間・空間的関連性があること、を考慮すれば、これらの増加は、原発事故からの放射性物質によるものの可能性を示していると思われます。

(日本政府の帰還政策との関連)

最後に、この論文の結果は、日本政府の汚染地域への帰還政策と関連していることを指摘しています。また、「健康づくりのためのオタワ憲章」を引用して、政府の責任で、様々な環境医学研究分野での情報への完全かつ継続的なアクセスと学習機会の保証、それに生態学的、環境学的、医学的研究への十分な資金も必要です、というように述べています。