Medicine論文に対する阪大祖父江教授からの反論について(NEWS No.534 p04)

2020年1月16日、私たちの手になるMedicine論文「福島の原発事故後の甲状腺がん検出率と外部被ばく線量率との関係に対し阪大環境医学祖父江教授から反論があった。反論の主旨は3点で、我々の論文は 「①方法論上の誤り。3月11日から1stスクリーニングまでを人年として検出率の分母としている。暴露された時期と結果までの時期を混同している。暴露からの人年は、暴露を特定するには良い方法であるが結果を計算するとき(今回の場合で言えば、検出率)には用いない②検出率をエリアごとに比較する場合、最初のスクリーニングとその後のスクリーニングは別のものとすべき。最初のはスクリーニングまでの既往ケースをベースにすべきであり、それ以降のスクリーニングでは前回に検出されなかったケースと、2つのスクリーニング検査の間に発見された新たなケースをベースにすべきである。③高線量地域で検出率が高いと主張しているが、分母となる暴露人年の短い地域が偶然、より早くスクリーニングが行われたため、早いスクリーニング地域の検出率が高く見えたと解釈すべきである」であるから、疫学上の欠陥があり、1,2巡目とも正の相関が示されたという我々の結論は正しくない-という批判である。

我々の論文主張を深めるためにも格好の機会のためここに祖父江氏への反論を述べる。

①について一般的に原因暴露後、疾病検出(氏のいうoutcome、ここでは甲状腺がん診断のこと)までには誘導期間、ついで潜伏期間を経る。スクリーニングは検出前の誘導期間/潜伏期間のどこかで実施される。暴露からスクリーニングまでを観察期間として検出率の人年に用いてはいけないと氏は述べている。私どもが観察期間としているのは、「事故からスクリーニングまでの期間+県民健康会議(FHMS)ごとの間隔」であることは論文を読めばわかる。厳密には暴露(=原発事故)からスクリーニングまでの観察期間を検出率の人年として用いているわけではない。

②について。氏は、スクリーニング検査の疾患率評価については初回が有病率で、2回目以降は罹患率であらわすことが一般的であるということを述べているに過ぎない。いみじくも氏が述べているように、最初のスクリーニングにも(「既往をベースに」というあいまいな表現の中に)新規患者は含まれるし、次のスクリーニングにも既往患者は含まれる。我々がメディシン論文で述べているように「厳密にはFHMSで点有病率と罹患率割合を分けて評価することはできない。したがって有病者であるか罹患者であるかを、受診者毎やスクリーニングラウンド毎で別々の医学検査として分ける必要」はない。1巡目も2巡目も有病率か罹患率かで分けることが困難で、しかももともと甲状腺がんがきわめて少ない小児の場合に我々が疾患率評価として、厳密には区別不能な有病率や罹患率でなく、検出率を用いたものである。

この方法が祖父江氏の言う実際に我々の推定した人年及び検出率の正しさについては、2017年11月に福島医大の公表した2巡目の検査結果で検証できる。表1は福島医大データから(2巡目スクリーニング検査—1巡目検査終了)の観察期間と、我々のデータから(2巡目—1巡目)の観察期間と検出率を比較したものである。YHSは我々の論文、FHMSは福島健康管理調査を示す。

表1

(2巡-1巡)
観察期間
(2巡-1巡)
人年観察数
甲状腺がん検出率
/10万人
地域YHSFHMSYHSFHMSYHSFHMS
会津1.831.8851,91054,9489.17.7
浜通り1.992.1891,597101,0108.79.9
中通1.942.07282,669291,04513.813.4
避難13市町村2.402.4875,90779,43922.421.4

4地域の検出率をYHSとFHMSで比較すると、単回帰はR2=0.97、P=0.015とほぼ両者は同等であり、1巡目から2巡目に至る我々の人年—検出率推定はFHMSと変わらない。氏の述べる疫学上の欠陥だとするとFHMSも否定することになってしまう。

③について。1巡目の検査で避難13市町村では甲状腺がんは受診者41811人中14名、会津では33720人中12名と診断された。それぞれ10万人当たり33.5人、35.6人である(これが有病率)。事故から見るとそれぞれ平均0.8年後、2.7年後の結果であるため、この観察期間の違いを考慮した発病率で比較しないと不正確である。すなわち14/(41811×0.8)、12/(33720×2.7)、と分母を変えて比較するのが正しいというのが我々の主張である。この結果検出率は13市町村40.0人、会津13.0人と有意に違う結果となる。このように分母を調整するのは、たまたま避難地域が早く検査されたために分母が小さく計算されたからだというのが祖父江氏の主張である。そうだろうか? 実際に避難地域の発見率が高く、分母の調整とは関係なしに高線量地域ゆえに発見率が高かったと解釈すべきではないか?これが我々の主張である。

表2は表1のもととなった、2017年11月30日、福島医大から県民健康調査会議に資料として提出されたものである。4列目の「1巡目から2巡目までの観察期間」、6列目の実効線量は私の付け加えたもの、5.列目の「検出率」は「悪性ないし悪性疑い発見率」を言い換えてある。

表2 福島医大放射線医学県民健康管理センターより20171130 一部改訂

地域1巡目2巡目とも
受診数
甲状腺がん1巡目から2巡目までの
観察期間(年)
検出率/10万実効線量
(μSv/h)
会津27,69341.87.70.17
浜通り46,406102.09.90.49
中通140,582391.913.40.60
避難13市町村32,006172.421.45.71

表2の5,6列からわかるように、線量が高い順に甲状腺がん検出率が高い。一方、4列の「1巡目から2巡目までの観察期間(年)」と検出率の関係はばらばらで、検出率のもっとも高い避難13市町村の観察期間が最も長く、逆に会津はもっとも短い。祖父江氏の珍理論と異なり、検出率は観察期間が短いから見かけ上高く見えたのではなく、線量が高いから検出率が高かったのである。この③は今回の論争の中心である。

最後に2巡目での1,2巡共通受診者(1巡目受診者の91%)と線量との関係についての私たちの論文の共同執筆者であるH. Scherb氏による図を紹介する(実際には有病率と罹患率が混在しているため発病率としている)。線量と甲状腺がん検出率の用量反応関係は明白である。

結論として、1,2巡目と続く甲状腺がん検出率が放射線の影響であることは我々のデータだけでなく、ほとんど同じ結果を示したFHMSのデータからも明白であり、また2巡目の有病率(発病率)の分析からも明らかである。したがって我々は祖父江氏の反論を全面的に拒否するものである。

注:祖父江氏の反論全文とそれに対する私たちの回答はMedicineのAuther ‘s reply2020年1月24日に掲載されたのでそれを参照にされたい(open accessで無料。但し英語)。

https://journals.lww.com/md-journal/Blog/MedicineCorrespondenceBlog/pages/post.aspx?PostID=114

なお、私たちのMedicine 論文の日本語の概略は医療問題研究会のホームページの

http://ebm-jp.com/2019/12/news-530-2019-10-p06/

を参照されたい。