臨薬研・懇話会2024年2月例会報告 (NEWS No.582 p02)

臨薬研・懇話会2024年2月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第79回 (2024.2.4) 報告
心不全治療の新たな評価項目

今回はNEJM 2023; 389(12): 1069-1084に掲載された「駆出率が維持された心不全と肥満の患者におけるセマグルチド」の文献をとりあげた。この論文の構成は複雑だが、心不全患者のQOL(生の質)を評価する尺度としてカンザスシティ心筋症質問票・臨床要約スコアが採用されていることに特徴がある。

そのため、カンザスシティ心筋症質問票・臨床要約スコアについて、Journal of the American College of Cardiology (JACC)が解説した総説「臨床試験および臨床治療におけるカンザスシティ心筋症質問票の解釈:JACC最先端レビュー」を参考にした。

今回のテーマについては、薬事日報紙に連載されている青島周一氏(東京中野病院薬局)のシリーズ寄稿「エビデンスのピットフォール」から大きな示唆を受けている。主な関係記事は薬事日報紙第12806号(2023.10.25)に掲載された「心不全治療の新たな評価項目」である。

NEJM誌論文

背景として、駆出率が維持された心不全は有病率が増加しており、米国における心不全の半数以上を占め、特に肥満者において高い症状負担と機能障害を伴う。肥満を特異的に標的とする薬物療法を用いることで、このような患者群の症状や身体的制限を軽減し、運動機能を改善できるかどうかは不明であることがあげられている。

駆出率が維持された心不全を有し、体格指数(体重(kg)を身長(m)の2乗で割った値)が30以上の患者529例を、週1回セマグルチド(2.4mg)またはプラセボを52週間投与する群にランダムに割り付けた。この試験はセマグルチドを販売するノボノルディスク社の資金提供で行われている。

この臨床試験の構成は複雑であり、1次エンドポイントは二重(dual)で、ベースラインから52週目までのKCCQ-CSS (カンザスシティ心筋症質問票・臨床サマリースコア)の変化と体重の変化率であった。確定副次的エンドポイントは、ベースラインから52週目までの6分間歩行距離の変化、セマグルチド群とプラセボ群間での勝利比(Win ratio: 2023年9月例会報告参照)の比較、死亡、心不全イベント、KCCQ-CSSと6分間歩行距離の変化の差を含む階層的複合エンドポイント、C反応性蛋白(CRP)値の変化であった。

結果は、KCCQ-CSSの平均変化量はセマグルチドで16.6点、プラセボで8.7点(推定差、7.8点;95%信頼区間[CI]、4.8~10.9;P<0.001)、体重の平均変化率はセマグルチドで-13.3%、プラセボで-2.6%(推定差、-10.7%ポイント;95%CI、-11.9~-9.4;P<0.001)であった。6分間歩行距離の平均変化は、セマグルチドで21.5m、プラセボで1.2mであった(推定差、20.3m;95%CI、8.6~32.1;P<0.001)。階層的複合エンドポイントの解析では、セマグルチドはプラセボよりも多くの勝利をもたらした(勝率、1.72;95%CI、1.37~2.15;P<0.001)。CRP値の平均変化率は、セマグルチドで-43.5%、プラセボで-7.3%であった(推定治療比、0.61;95%CI、0.51~0.72;P<0.001)。重篤な有害事象は、セマグルチド群で35人(13.3%)、プラセボ群で71人(26.7%)に報告された。

全体の「結論」として、「駆出率が維持され、肥満のある心不全患者において、セマグルチド(2.4mg)の投与は、プラセボと比較して、症状および身体的制限の大きな減少、運動機能の大きな改善、体重の大きな減少をもたらした」をあげている。

カンザスシティ心筋症質問票の総説

「臨床試験および臨床治療におけるカンザスシティ心筋症質問票の解釈:JACC最先端レビュー」の要旨は、「患者中心の医療を向上させるために、患者の症状、機能、QOLを定量化する患者報告アウトカムの利用が増加している。心不全においては、KCCQが米国食品医薬品局(FDA)によりClinical Outcome Assessmentとして認定され、ケアの質を定量化するためのパフォーマンス指標として推奨されている。KCCQは系統的に同じ質問を長期にわたって再現性よく行うことで、患者の生活に対する心不全の影響を妥当かつ繊細に捉えることができ、長期にわたる臨床イベントと強い関連性がある。本総説では、KCCQの解釈方法、結果の解釈可能性を最大化するための臨床試験での分析方法、そして臨床実践や集団保健におけるKCCQの利用方法について述べる。KCCQをより深く理解することで、心不全治療の患者中心性をさらに向上させることが期待される」である。

なお、ハイライトでは、「臨床試験では、KCCQスコアの平均値の差は、臨床的に重要な変化を経験した患者の割合よりも解釈が難しい」ことをあげている。

医問研ウェブサイトに掲載された過去のシリーズ企画関連テーマの例会報告から

http://ebm-jp.com/2023/11/news-577-2023-09-p02/

当時出された関連意見

・解析方法以前に「二重遮蔽ランダム化トライアル」としているデータが信用おけない。SGLT2阻害剤の利尿作用で、投与されている試験薬剤が、実薬かプラセボかはバレバレでないか。

・90日後のカンザスシティ心筋症質問票の全症状スコアのベースラインからの変化における5ポイント以上の差が臨床的有用性のひとつに用いられている。しかし心不全にこれを用いるには疑問がある。

・SGLT2阻害剤に利尿作用などの薬理作用を超える心不全に対する特異的な臨床作用があるという、考えそのものを疑ってみる必要があるのでないか。

青島周一氏のコメントの要点

KCCQには、総合症状スコア(KCCQ-TSS: 症状の頻度と重症度)、臨床サマリースコア(KCCQ-CSS: KCCQ-TSSと身体的制限)、総合サマリースコア(KCCQ-OSS: KCCQ-CSSと社会的制限および生活の質)の3種類が存在し、心不全患者のQOLを多面的に評価することが可能である。

KCCQと心不全予後の相関性に関する研究は多く、死亡および入院の相対危険度は、スコアが75~100点と比較して、50~74点で1.5倍、25~49点で2.0倍、0~24点で3.0倍である。また、5点以上の変化は臨床的にも重要な変化とされている。(引用文献はいずれも先のJACC総説)

STEP-HfpEF試験(今回とりあげたNEJM文献)では、KCCQ-CSSの統計学的有意なだけでなく、95%信頼区間の下限は4.8点であり、臨床的にも重要な変化を意味する5点を、ほぼ達成していると言えるかもしれない。

当日の議論から

今回も「NEJM論文に同意てきない」、「NEJM誌の影響力は大きく、このような論文が掲載されるとそれに無批判に追従する医学ジャーナリズムの動きが危惧される」、との意見であった。

(出された発言から、順不同)

・この論文は明白な利益相反があり、そのことを前提に読む必要がある論文でないか。

・セマグルチドが良いということを売り込む論文となっている。

・この試験でも実薬のセマグルチドの利尿作用で遮蔽は破れているのでないか。また悪心、嘔吐などの消化器症状が高頻度で出現し、その点からも遮蔽は破られている可能性が高い。

・プラセボよりも害作用の頻度が低いのは不自然で、操作が加えられている可能性が高い。

・セマグルチドがAdverse event を減らしたということが書かれていない。

・安全性評価が90日後で終わっているがその後どうなのかが重要でないか。

・肥満症に対しては、運動療法・薬物治療に限らず、心理的サポートや生活支援が重要である。

・従来の諸評価、例えばNew York Heart Associationの機能分類と比較してどうかが示される必要がある。そうしたことがなされず、自己が定めた枠の中でこんなこともできますよという主張に終わっている。

・何をもって「心不全」とするのか、それがどのように改善されるのかがこの論文ではよくわからない。

・これらはその通りで全く同感である。

・そもそも駆出率が維持された病態を「心不全」 といって良いのか疑問があるが。

・収縮機能障害は高齢者ではよくみられるが、拡張機能障害はさらに高頻度である。拡張機能障害単独(LVEF: 左心室拡張終末期圧)が良好な心不全でも予後は不良であり、心不全は重要な疾患群である。日常生活を支障なく過ごせるかがポイントである。

・この試験の対象患者は体格指数30以上の患者であり、日本ではそのような患者は特殊である。しかし、日本でも最近抗肥満剤を売り込もうとする動きが顕著であり、自由診療のダイエットクリニックで安易に処方され、被害が拡大している。「医療化」(Medicalization)ないし「病気喧伝」(Disease  Mongering)に十分な警戒が必要である。(参考文献: イヴァン・イリッチ「脱病院化社会」 晶文社、原著1976年)

・このような「スコア」での評価は注意が必要でないか。

・点数をつけて数量化する危うさが出ているのでないか。

・症状評価尺度を心不全やその治療剤の臨床評価に用いること自体についても、その妥当性に疑問が残る。もともと精神および行動の障害のような数値化しにくい症状を定量的に測定するためのものであったはず。KCCQ-CSSS  (カンサスシティ心筋症質問票・臨床サマリースコア)の信頼性と妥当性は十分に検証されているのか、正常かどうかのカットオフポイントの設定も妥当かなどの疑問がある。

薬剤師・MPH(公衆衛生大学院修士) 寺岡章雄